広い王宮を、青年は迷いない足取りで歩いていく。
青年の名は、ハールーン・ジャマハード。
この国の皇太子だ。
青い瞳に黒い髪は、王家の者だけが受け継ぐ遺伝子。
だから、王族の者は一目見るだけですぐに分かる。
ハールーンが歩くたびに、ターバンから零れ出た髪がサラサラと揺れる。
艶の良い髪は黒と言うより、黒よりもさらに濃い漆黒といった方が良いかもしれない
ハールーンは自分の手を見つめ、拾った少女を思い出した。
自分にそっくりの黒い髪と青い瞳。
なのに、自分の褐色の肌に比べ少女は真っ白だった。
まるで、日の光を浴びたことがないような
西洋から伝わる陶器のような。
美しい白い肌。
この国で、そんな色を持った人は見たことがない。
やはり、彼女も西洋から来たのだろうか。
その少女は風通しの良い部屋に寝かされている。
呼吸は荒く、苦しそうに喘いでいた。
「………っい……っ…」
時折、魘されて何かを呟く。
「何だ?」
ハールーンは少女の口許に、耳を近づけた
熱い息とともに、小さく途切れ途切れの声が聞こえる。
「……あつ……い………たす……けて…」
ハールーンは、そっと少女の頭を撫でた。
「大丈夫だ………大丈夫…」


