睡恋─彩國演武─


会ったばかりのはずなのに、彼といる時間は不思議と気が楽だった。

それには彼が王宮の人間でないという理由もいくらかあったが、それ以上に深い『慈愛』を感じるからだろう。

愛を知らない千霧に、彼の存在は心地よかった。

本当は、直接客人と会うことは皇に固く禁じられている。

それだけ千霧の存在は皇の威厳に関わるものなのだろう。

だから今、こうして呉羽と言葉を交わせるのは奇跡に近いことだ。

王宮の人間は優しい。

でも、その優しさはうわべだけのもの。

皆、嘘で自分を塗り固めている。

それが嫌だった。

憎いなら憎いと言えばいい。

……なのに、彼らは千霧の前では取り繕っている。

そんなものは必要なかった。

「……皇子?」

我に返ると、呉羽が不思議そうにしていた。

その時、不意に外套が揺れて隙間から碧い瞳が覗いた。その瞳には、確かに見覚えがあった。

思い出そうとした途端、頭に響くような痛みが走った。

『タスケテ』

『タリナイ』

『タスケテ』

『コワイ、クライ──』


無数の声が入り交じり、重くのし掛かるような感覚をおぼえ、堪えきれずに頭を押さえる。

「うう……あ……ぁあっ!」

苦痛に顔が歪み、視界がぐらりと揺れる。

「皇子!?」

倒れそうになった千霧の身体を、呉羽が支えた。

「大丈夫……」

憎悪と嘆きの、異形の聲だ。

助けを求める、本来は異形同士にだけ伝わるはずの、特殊な声。

幼い時から千霧には聞こえてきた。

「ふ、所詮、私も異形ということか──」

「皇子?」

行かなければ。
呼んでいるなら。