稲葉を追い掛けるために走る私は、右手の廊下の突き当たりにあるガラス戸から上履きのまま外に出た。

 飛び出した勢いのまま走りつづけようとした私の足は、すぐにたたらを踏んで立ち止まる。


「稲葉……」


 曇りガラスの向こうには、私がここから出てくることを見越していたたように稲葉が待ち構えていた。

 予想してなかった稲葉の姿に思わず身構える。

 けど、私が再び口を開く前に稲葉が私の二の腕を掴んできた。


「篠塚、おまえ……三笠が好きなのか?」


 稲葉の口から舞の名字が出たことに、体が強張る。

 口止めをしなくちゃいけないのに、体が震えてしまって言葉が出てこない。


「なあ、そうなのか?」


 問い詰める稲葉の吐く息が、白くて熱い。


「違う!」


 私は反射的に声を張り上げていた。


「じゃあ、何で三笠にキスしようとしてたんだよ!」


 問い詰める稲葉の言葉に、全身から血の気が引く。

 やっぱり見られていたんだという確信に、もう逃れられないという絶望。

 なのに、私は嘘ばかりついて自分の恋を否定する。


「してないよ、そんなこと!」

「嘘をつくな!」


 断罪するような稲葉の言葉に、ビクリと体が震えた。


「なあ、篠塚……篠塚は、三笠のことが好きなんだろ?」


 責めるように二の腕を掴む手に力が入り、爪が服の上から肌を刺す。


「痛っ……」

「なあ、好きだって言えよ!」


 あまりの痛さに私は顔をしかめ、それに稲葉は気付かない。


「違うって言ってるじゃない!」


 私は耐え切れず、緩まることのない稲葉の手を力いっぱい振りほどいた。