私は稲葉に『他の子は気付いてないから、安心して』って言おうとしてやめた。

 安心してって、何がだろう。

 好きな人がバレるってのは少し恥ずかしくて照れくさい。

 けど、好きな人のことを話す女の子たちはみんな楽しそうで嬉しそうだった。

 でも、私は友達に舞が好きだなんて死んでも言えない。

 稲葉に安心してって言ったら、また自分で自分の言葉に傷つきそうだった。

 同性を好きになることが悪いことじゃないって、ちゃんと頭では理解している。

 そんなことで態度を変えて差別するほうが悪いんだって。

 でも、隠したい。

 日本にそんな法律はないのに、まるで悪いことをしているみたいだった。

 ふと壁を見ると、備え付けられた鏡の中の自分と目が合った。

 暗い目をした自分の姿に、少し笑ってしまう。


「……篠塚はさ、三笠のどこが好きなんだ?」


 頬を指で掻きながら稲葉が聞いてくる。

 振り返ると、少し聞きずらそうな目と目が合った。

 私は、その質問に口元がほころぶのを感じる。


「そんなこと、聞いてどうすんのよ」


 声が無意識に弾んでいた。


「いや、ちょっと気になっただけで、深い意味はないんだけど……」


 話したくなかったら話さなくてもいいと言外に言う稲葉の優しさが嬉しくて、私はこういう会話に憧れていた自分を知った。

 いつも友達の間で繰り広げられる恋バナを聞きながら、私も舞の話をしてみたかった。

 舞が好きなんだって、私の好きな人はこんな人なんだって、どんなに私が舞を好きか誰かに話して自慢してみたかった。

 話してもいいんだ。

 稲葉になら、話しても怖くない。

 普通の子みたいに、好きな人のことを話せる。

 私も、普通に話していいんだ。