「稲葉!」


 ホームルームが終わり、帰ろうと立ち上がった俺のコートが誰かに引っ張られる。

 振り返ると案の定、篠塚だった。


「ねえ、本当にいいの? 青山、部活に行っちゃうよ」


 声をひそめて話しかけてくる。

 青山の方を見ると、紙袋にも入りきらなかったチョコレートを服のポケットに入れたり、カバンの隙間に押し込んだりしてどうにか運ぼうと苦戦していた。


「なんなら、私が渡そうか? 友達に頼まれたとかって言って……絶対に、稲葉の名前は出さないから!」


 まただ。

 また泣き出しそうな目で俺を見てくる。

 どうして篠塚はそんな目で俺を見るんだろう。


「いい」

「稲葉……」


 俺の言葉に篠塚の手が震えた。

 すがりつくような眼差しは不安定で、今にも壊れてしまいそうに見える。