『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「――うわ、美味しい。眞人、こんなのも作れるんだ」


午睡から目覚めた梅之介は、寝起きだというのに大根餅をぺろりと食べた。


「これ、今日はよく出ると思うよ」

「それならいいけどな。多めに仕込んだから」

「眞人さん、何でも作れるよねえ。それも絶対美味しいし。私、眞人さんより美味しい料理作れる人知らないよ」


厨房の端っこで梅之介の為にお茶を淹れてあげながら言う。梅之介も「そうだなー」と相槌を打った。


「俺は知ってるよ」


仕込み中の眞人さんが言った。


「すごいんだ。塩の利かせ方ひとつとっても、俺は及ばない。いつかお前たちにもあの人の料理を食わせてやりたいな」


その口調は懐かしそうでもあり、寂しそうでもあった。


「へえ。それって、眞人のお師匠みたいな人?」

「ああ。もう何年も顔を合わせていない。元気かな」


眞人さんは、私たちに背中を向けていた。梅之介と顔を見合わせる。


「こないだの、『サカキさん』って人じゃないか?」


梅之介が私の耳元に顔を寄せ、小声で言う。こくこくと頷いた。


「もう少し、教わりたかったけどなあ。残念だ」


眞人さんが独りごちるように呟いた。
眞人さんから、過去を匂わすようなことを聴いたのはこれが初めてだった。
何と返せばいいのだろう、と梅之介と目で会話をしていると、店の出入り口の引き戸が開く気配がした。


「あれ? 準備中の札かけてたはずだけどな」


梅之介が立ち上がり表へと出て行く。


「あ、すみません、まだ準備中なんです。夜営業は十八時からです」


営業用の、軽やかな梅之介の声を聞きながら時計を見上げる。開店まであと一時間くらいだ。


「あの、眞人はいますか?」


細い、女性の声がした。


「あれ? 眞人さん、お客様みた」


眞人さんを仰ぎ見た私は、最後まで言葉を発することができなかった。
眞人さんは初めて見る、恐ろしくなるほどに険しい顔をして、表に出て行った。


「な、なに」


慌てて追いかけて、私も表に出た。
そこで私が見たものは、清楚なオフホワイトのワンピースを着た女性が、眞人さんにふわりと抱きつく瞬間だった。


「会いたかった、眞人! ずっとずっと探していたの!」


艶のあるマロンブラウンの髪は背中辺りまであって、緩く巻かれている。
肌は白く、頬はほんのり紅潮していて、黒目がちの潤んだ瞳が眞人さんを見上げる。


……綺麗な、人。この人は一体、誰?


「浦部に話を聞いて、たまらずにやって来たの。ねえ、お願い。お店に戻って来て頂戴」


彼女は眞人さんに懇願する。
眞人さんは私の前に立っていて背中しか見えない。どんな表情をしているのか、私には分からなかった。