『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

今夜はクリスマスイブ。
彼氏持ちばかりの友人たちは、それぞれの幸せな夜を過ごしていることだろう。
誰に連絡を取っても、困らせるだけに違いない。


「私も、そうだと思ってたんだけど、な」


あったかい部屋で、達也の作ったご飯を食べて、クリスマスケーキも食べて。
シャンパンを飲んで、すごく美味しいよ、なんて言って笑いあう。
そんな夜を過ごせると思っていたのに。
ぐず、と鼻を啜ったと同時に、お腹が大きな音をたてた。


「そういえば、ごはん食べてないんだっけ……」


昼食を十二時に摂って以来、何も食べていない。空腹に気付くと、堪らなく苦しくなってきた。


「ごはん、食べよ」


お腹をいっぱいにすれば、この虚しさから僅かでも離れられるかもしれない。
ファストフード店でも、どこでもいいや。
冷え切った引手に手をかけ、私は痛む右足を庇いながら歩きだした。
しかし。


「ここ、どこ?」


当てもなくふらふらと彷徨っていたせいで、私はよく知らない街まで来ていたらしい。
どこをどう歩けば望む店につくのか、見当もつかない。
土地勘のないまま手ごろなお店を探してみたものの、ついには寂れかけた商店街に出てしまった。
クリスマスムードが無い代わりに、活気もない。シャッターが下りた店ばかりが並んでいた。


「どうしよ」


お腹はぐるぐると鳴り続けるし、止まない雪のせいで体の熱が奪われ、ガタガタと震える。
指先にはもう感覚がない。さながら、遭難した気分だ。


「戻るしか、ないかな」


腕時計に目を落とす。もう二十三時に差し掛かろうとしていた。
二十四時間営業のお店なんて、途中にあったかな。分かんない。

ああ、なんて最悪なクリスマス。
凍死、なんて言葉がそろそろと忍び寄ってきている気がする。

絶望感が襲ってきて、「ううー」と唸り声を上げた、その時だった。
泣きすぎて鼻づまりを起こしていた鼻腔に、奇跡的に温かな香りが侵入してきた。
これは、美味しそうなおだしの匂い。


「どこから⁉」


きょろきょろと辺りを見渡す。視線のずっと先、シャッターの道の向こうに、灯りが見えた。

まだやっているお店があるかも!

引手を握る手に最後の力を籠め、私は駆け出すようにして光に向かった。
だんだん近づいてくると、紺色の暖簾がみえた。
白い字で『小料理』と染め抜いているのが分かる。やった、飲食店だ!

と、お店の引き戸がガラリと開き、中から誰かがのそりと現れた。背の高いがっしりした、男の人のようだ。その人は、暖簾に手をかけた。

も、もしかして店じまい⁉


「ま、待って下さいぃぃ!」


思わず叫ぶと、暖簾を下ろしたその人がびくりとした。こちらを振り返る。
紬の作務衣に、真っ白の前掛け姿。料理人だろうか。
それはとっても好都合だ。


「な、なにか食べさせて下さいぃぃ!」


ああもう、このリヤカー邪魔! だけどこれ、私の全財産だし放っていけないし!
靴、すっごく走りにくい! 足痛い! だけど!
必死でガラガラとリヤカーを引き、店の前まで駆けた。暖簾を手に茫然としている男の人の服の裾を掴む。


「な、なんだ?」

「お、お願いです。ごはん、食べさせてください!」