『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

わしゃわしゃと洗っていると、背中に「おい」と超絶低音な声がかかった。


「うあ、びっくりした! もう少しにこやかに声かけてもいいんじゃ……て、どうしたの」


梅之介の顔が酷く強張っている。


「『まっつん』の御来店だぞ」

「え」


とうとう、来た。手の中からスポンジが滑り落ちた。


「ほら、確認しろ」

「う、うん」


お客様にばれないように、店内を覗く。
梅之介が「その頭はまずい」と言うので、三角巾で頭をきっちり隠して、念のためにマスクも付けて、そっと顔を出した。


「カウンターの一番奥だ。どうだ」


梅之介の指す方を見た私は、息を飲む。
そこには間違いなく、松子がいた。


「ビンゴだってさ、眞人」


私の顔つきで全てを察したらしい。梅之介が調理中の眞人さんに言う。


「そうか」


ふう、と眞人さんが息を吐く。
松子は、友達と来ているようだ。
にこにこと笑い合いながらメニューを捲っている。

私は、心が狭いのかもしれない。
この店内に松子がいるだけで、嫌だと思ってしまう。
私の場所を汚さないでと思ってしまう。

物陰に隠れたまま動けないでいる私の頭を、梅之介がぽんと叩いた。


「対応はこれから考えるぞ。とりあえず、皿洗いに戻れ」

「う……ん……」

「よし、料理があがった。クロ」

「はいよ」


ふたりが、でき上がった料理を運んでいく。
眞人さんの姿を認めた松子が、花が綻ぶように笑った。
その笑顔はとてもかわいくて、どきりとする。そんな笑顔、眞人さんに向けないで。


「眞人さん! こんにちは」

「いらっしゃいませ」


私に背を向けている眞人さんの表情は分からない。
しかし、声音は穏やかで優しい。
お客様に対するそれだと分かっていても、胸がきりりと痛んだ。


「日替わりランチをふたつ下さい」

「はい、かしこまりました」


可愛い声音で眞人さんに言う松子の顔を見れば、彼女が眞人さんに特別な感情を抱いていることはすぐに分かった。