『好き』と鳴くから首輪をちょうだい



それから二日後。
私はシフトが休みだったため、昼から『四宮』の皿洗い係としてお勤めに励んでいた。

夜に比べ、昼はサラリーマンや主婦の姿が多いようだ。
子ども連れのお客さんもいるみたいで、かわいらしい声も聞こえた。

それでも私は店の方へ出ることなく(少ないとはいえ、若い女性客もいるのだ。夜も通ってきている人もいる)、洗い場の前にいた。

松子とはシフトがかみ合っていなくて、会っていない。
あんなことがあった後なので、できればもう顔を合わせたくないと思っているけれど、そう上手くいくわけはないだろう。
松子がお店を辞めたとしても、『まっつん』が松子だった場合、縁が切れない。
私は一体いつまで、松子に頭を悩ませなくてはいけないのだろう。

はあ、とため息を一つついたその時だった。


「シロ」

「ん?」


背中に声がかかり、振り返ると梅之介がいた。


「なに、梅之介」

「お前さ、後ろから見ると、頭すげえな。でっかい綿埃みたい」


くす、と笑う顔が憎らしい。


「うるさいな、黙って働きなさいよ」

「働いてるさ。だけど綿埃がもこもこ動いてたら妖怪みたいで気になるだろ」


梅之介が私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
相変わらず口の悪いお坊ちゃんである。手を振り払って、べ、と舌を出してやった。


「妖怪でいいもん。今の妖怪って可愛いし」

「残念だったな。僕の妖怪のイメージは今でも水木御大なんだよ」


ムカつく。本当に口が減らない。


「この髪、かわいいじゃないか。俺は好きだけど」


眞人さんがやって来て、「ふたりとも口」と言う。
梅之介と揃って開けると、肉汁たっぷりの牛肉ソテーが放り込まれた。


「ふおお、柔らかい。最高」


一口に頬張るには少し大きめのそれをもぐもぐと咀嚼する。
ほんのりわさびの風味がして、美味しい。ああ、今日も幸せ。


「これ、お昼にも出してくれる?」


私の横に立つ梅之介の顔も綻んでいる。


「ああ。美味いだろ。今日はいい肉を仕入れられたからな」


眞人さんの笑顔に、ふたりでこくこくと頷く。そんな私の口角に、眞人さんの指が触れた。


「垂れてる。大きく切りすぎだったか」


ぐいと拭われた。
指腹についた肉汁を、眞人さんはぺろりと舐める。


「よし、あと一時間くらいで昼営業終わりだから、頑張ってくれな」

「……う。は、い」


どうして。どうして、そんなことを平気でしてのけるかな。
頬が赤らむのを自覚する。

私の中の『人との適切な距離感』というのが酷く曖昧なのは、反省すべき点だ。
それはよく分かってる。何しろ一緒に寝てくれとか言っちゃってるわけだし。
だけど、眞人さんの『距離感』のなさも大概だと思う。