『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

その晩、私は自室の布団の上で胡坐をかき、ぼんやりと宙をにらんでいた。

明日は仕事だから早く眠らなくてはいけないのだけれど、眠れない。
今日一日の間に起こったことが私の心を乱すばかりだった。


「まつこ……まっつん……、か」


もし眞人さんたちの言う『まっつん』が『松子』だったことを考えると、頭が痛くなる。
私の大切な場所であるここまでもが、松子に踏み荒らされるのはどうしても嫌だ。
私を受け入れてくれたこの場所だけは、絶対に。

松子は、私の想像を上回るほどの『女』だ。
達也をあんなにも情けない男に変えてしまった松子なら、もしかしたら眞人さんを籠絡することだって、あるんじゃないだろうか。

そしたら、この場所からも私は追い出されることになる。
やっと幸せを感じ始めていたのに、それも束の間のことになっちゃうかも……。


「うー。そんなの、……やだぁ……」


天井が滲む。喉の奥に熱いものがこみ上げる。
情けない泣き声を上げた、その時だった。
襖が遠慮がちにほとほとと鳴った。


「ふ、ふえ?」

「シロ? 俺だけど」


そっと聞こえた声は、眞人さんのものだった。


「は、はい!」


時刻はもう一時をとっくに過ぎている。急用だろうか。
涙を拭い、慌てて襖を開ける。


「ど、どうかしましたか、眞人さん」

「いや、襖の隙間から灯りが漏れてたから、起きてるんだろうなと思って」


私を見下ろす眞人さんが、私の目尻に手を伸ばした。
指腹が這う。もしかして、泣いていたことに気付かれただろうか。
と、眞人さんがはあ、とため息をつく。


「何のために話を聞いたんだか」

「え?」

「馬鹿だな。そうさせないために、吐き出させてやろうとしてたんだ。俺たちの前でわあわあ泣いとけよ」


これじゃあ意味がないだろう、そういう眞人さんの声はすごく優しかった。
え? それは、どういう意味……?


「あ、あの、私……」

「ほら、言ってみろ。何が嫌で泣いてる?」

私を見下ろす目を見つめていると、涙がころりと頬を転がり落ちた。
彼は今、私の中にある不安を取り出そうとしてくれている。


「……んです」

「ん?」

「ここに、いたいんです。この場所を、奪われたくないんです。お願いです。ここを、私の場所にしてください」


震える声で言うと、眞人さんが笑った。


「なんだ、そんなことか」

「そ、そんなことって! 私、真剣に考えてて!」


声が少し大きくなる。そんな私に、眞人さんが続ける。


「本当に、シロは馬鹿だな。もうとっくに、そうだろう」

「え……?」

「シロにとっちゃ簡単に入った場所かもしれないが、俺は簡単に拾ったつもりはない。」

「眞人、さ……」


それは、本当? だとしたら、なんて嬉しい言葉だろう。