『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「……そうだね、松子はなんでも持ってるんだろうね」


私は松子から視線を逸らさないまま頷いた。
若さも、美しさも、お金も、身内も、愛も。
松子は私の持っているものより余程たくさんのものを持っているんだろう。


「じゃあどうして何も持っていない私の、極々僅かな大切なものまで奪おうとするの? 私のこと嫌ってバカにしてるくせに、私のものが欲しいって、矛盾してる」


松子の大きな瞳が、見開かれた。


「別に、欲しがってなんかない! 私はあんたのその能天気な笑顔を壊してあげたくなっただけよ!」

「もう充分壊したじゃない。私が涙一つ零していないと思ってるの? そこまでしておいて、まだ欲しがってる。私のものを根こそぎ貰いたがってる。 どうしてそんなに飢えてるの?」

「は、はぁ⁉ 馬鹿にしないで、私は欲しがってなんかない!」

「本当に? 私には、松子が私のものを食い散らかして、まだ足りないって言ってるみたいに見える」

「それって、僻みじゃない? 私に盗られたからって、被害者意識丸出し!」


松子の口元がわなわなと震えている。両手には固くこぶしが作られていた。
綺麗な眉をぎゅっと寄せた顔を見ながら、私は続けた。


「松子、可哀想だね。まだ、満足できないんだね。でも、私はもう松子に何もあげられない。残念だったね」


松子が息を飲む。私は松子に背中を向けて、部屋を出た。


「強がったって無駄なんだから!」


松子の叫ぶ声が、私の中に虚しく響いた。


カツカツとヒールを鳴らして店を足早に立ち去る。
通用口を出ると、そこにはやはりと言うべきか達也がいた。
私を見て気まずそうな表情を浮かべる。

仕事帰りなのだろう。
スーツを着ていて、それは細身の達也にすごくよく似合っているけれど、どこか薄っぺらくみえた。
私の周囲に誰もいないことを確認した達也は、取り繕うような笑顔を浮かべて見せた。


「元気そうでよかった。こんな状況で言うのはおかしいけど、白路の顔が見られて嬉しいよ」

「は?」


言っている意味が分からない。
まじまじと達也の顔を見る。そんな私に、達也は続けた。


「酷いことしたって、分かってる。白路がひとりで頑張ってる姿みてると、俺どうして別れちゃったんだろうって思う。なあ、俺たちさ、もう一回やり直せるんじゃないかな。いや、松子のことがあるからすぐには無理だけど、俺はやっぱり白路をひとりにしておけない。俺が白路の傍で支えてあげたい」


達也の言葉が耳を素通りする。
しかしそれはささくれだっていて、私の心をいちいち傷つけていく。
心に一つも届かない甘い言葉は、私の中を切り刻んでいった。


「なに、言ってるの……」

「俺には白路が必要なんだって、痛感したんだ」


達也の口調に熱がこもる。それに比例して、私の心は冷え込んでいく、
目の前で喋っているのは、私の知らない人なんじゃないの?