『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「父の知り合いがエステサロンをオープンさせるので、そのオープンスタッフとして声がかかったんです。
会員制の高級サロンで、こんなチープな店より給料もずっといいの。
もう、高校生のまつげパーマに追われることもないし、ラッキーです」

「そう。よかった、ね」

「そうだ。みなさん、移店しませんか? 今なら他のスタッフも連れて来ていいって言われてるんですよ」


松子がぐるりと周囲を見渡す。


「お給料はここより断然いいし、立地もすごくいいんですよ。お客様のグレードも全然違うし、スキルアップできます。どうですか?」


みんな、すっと視線を逸らした。松子に応える人は誰もいない。
果たして、松子は「そうですか」と低い声を洩らした。


「みなさん、向上意識がないんですね。せっかく美味しい話をしてあげてるのに」

「誰も、あんたのこと信用してないの。やったー、なんて食いつく馬鹿はここにはひとりもいないわよ」


真帆が言うと、松子は「ま、いいけど」と着替えを再開した。それから私に視線を流す。


「白路センパイ。私が、辞めてあげますね。こんな安っぽい場所くらい、センパイに残しておいてあげる。何なら、あのヒモ男もつけますよ。あんな口先だけのクズ、もういらない」


クスリと笑う松子の顔には、侮蔑の色があった。
それを認めた瞬間、困ったように眉尻を下げておろおろと笑ってみせる達也の顔が思いだされた。


「松子! あんたってどうしてそう……」

「待って、真帆」


怒鳴ろうとした真帆を押し留めて、一歩前に出た。


「……ねえ、松子。私、松子になにかした? そこまで踏みつけにされるようなこと、してないよね」


松子が着替えの手を止めた。


「どうしてそこまで、私に拘るの?」


肩口から綺麗な髪がさらりと揺れる。松子は歪んだ笑みを浮かべた。


「前にも言いませんでしたか? 大嫌いだからです、センパイが。顔も、財力も何もかも、私に勝るものを何ひとつ持っていないくせして幸せそうに笑ってるところとか、可愛がられてるところとか、反吐が出るくらい嫌い。ちょっとしかない幸せを握りしめてへらへらして、バカみたい」

「あんた……っ!」


吐き捨てるように言った松子に、真帆が気色ばむ。「サイアク」と言う声や舌打ちも聞こえた。