『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

しかし。
仕事に行けば嫌でも松子と達也の話が耳に入るわけで、問題が好転しているわけではない。
むしろ、店内の空気は日増しに悪くなっていた。


「早くどっか行って欲しい。受け入れ先がないんだったら、辞めさせればいいのに」


最近では、真帆はそんなことを本気の顔で言う。


「社長令嬢なんでしょ? オトウサマの会社の受付でもして、ヘラヘラ笑ってたらいいのに」


松子の父親が経営しているというジュエリーショップは、名の知れた老舗だった。
名前を聞くと、私でも訊き覚えがあったくらいだ。


「わざわざ安月給のサロンなんかで働かなくってもよさそうなもんだよね。あたしだったら、親のコネで楽な仕事につくわ」


結川さんがしみじみ言えば、松子と同期のめぐみが頷く。


「あ、それは私も思います。あの子って愛想はいいし、接客もイケるんじゃないかな」

「ダメでしょ、それは。エンゲージリングを見に来た新郎を喰っちゃいそう」

「あはは、いえてる」  


ロッカー室で帰り支度をしていると、他のスタッフと会話が始まる。
今日は松子も出勤なのだけれど、閉店作業の当番の為みんなより遅くてこの場にはいなかった。

私はその会話に混ざることなく、松子が来ないうちに帰ろうと慌てて帰り支度をしているものの、みんなが話を続ける為なかなか出て行けない。
まあ、早く出たところで松子を待っている達也にかち合うわけで、みんなと一緒の方がいいのかもしれないけれど。

お疲れ様です、と言って帰るタイミングを窺っていると、松子が来てしまった。

彼女が入ってきた途端、賑わっていたロッカー室が静まり返る。


「あれ、どうしたんですか。お通夜みたい」


クスクスと笑って、さっさと着替えを始める松子。
みんな、それまでののんびりした雰囲気が嘘のようにテキパキと帰り支度を終えた。


「帰ろっか、白路」

「あ、うん」


真帆に促されて、ほっとする。ドアに向かおうとしたその時だった。


「私、近々この店辞めることにしました」


松子の声が室内に響いた。
驚いて振り返ると、松子は真っ直ぐに私を見ていた。