遡ること三十分前、私は一年ほど同棲していた彼氏と強制的に別れたのだった。
正確に言えば、捨てられた。まともな説明もなく。

仕事から帰ったら、部屋がもぬけの殻だった。
がらんどうのリビングのど真ん中に、私の物が放り出されるように積み上げられていた。


『どういう、ことでしょうか』


立ち尽くす私の後ろで、管理人さんがおろおろしている。


『わ、私に言われましても、なんとも。三枝さんは何も仰ってませんでしたし』


彼氏――三枝達也(さえぐさ・たつや)は昼の間に引っ越し業者のトラックに乗って消え去っていた。


『三倉(みくら)さんが夜になったら戻るから、この荷物を引き取るよう伝えてくれと、そう言われてたんです』


彼の言葉を背に、スマホを操作する。
何度目かの発信だが、達也が出ることはない。
単調な女性の声で、『この番号からの着信はお繋ぎできません』というフレーズが繰り返されるばかりだった。

荷物の山の上にチラシがぺらりと乗っている。
それを拾い上げてみると、裏に達也の右上がりの文字が並んでいた。


『他に好きな人ができた。別れ話をして白路(しろじ)の泣き顔を見るのが嫌だから、いない間に出て行く。今までありがとう。
メリークリスマス。幸せになってね。達也』


意味が、わからない。
だって、今朝はそんなそぶりなかったじゃない。
笑顔で私を見送ってくれたじゃない。


『――今夜は二人で美味しいご飯を食べて、ケーキを食べよう。俺が全ての支度をしておくから、白路は仕事を頑張っておいで』


今朝、出勤前の私を見送ってくれた達也は確かにそう言った。


『達也、料理苦手じゃない。大丈夫なの?』

『そりゃあ、白路が満足するものは作れないかもしれないけど、頑張るって』

『えへへ。それってすごく、嬉しい』

『うん』


達也はそう言って、私のふわふわの頭を優しく撫でた。
四日前にゆるふわヘアを意識してかけたパーマは大失敗して、私の頭は茶色いカリフラワーのようになっていた(言いたくはないが、アフロと形容されるものだ)。
それまでは綺麗目を目指してサラサラのストレートヘアだったから、この変化は回りに驚きと失笑を与えた。
達也も、帰ってきた私を見るなり大爆笑した。
そんな頭を慈しむように撫でてくれたので、私は嬉しくてニコニコ笑った。


『行ってきます! 達也の為にも頑張って来るね!』

『うん、行ってらっしゃい』


ドアが閉まるまで、達也は笑顔を崩すことはなかった。