『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

私の勤める駅中店は、出退勤は裏の関係者通用口からと決まっている。

その日の帰り、私はなるべく松子とかち合わないようにのろのろと帰り支度をして店を出たのだけれど、通用口で鉢合わせしてしまった。私の姿を見て取った松子が、クスリと笑う。


「おつかれさまでーず」

「あ、お疲れ様」


ベージュのコクーンコートを着た松子は、カツカツとロングブーツの足音も軽やかに出て行った。


「笑顔で挨拶かよ、すげえわ」


私の傍にいた結川さんが乾いた笑いを零す。


「ま、気に病まないようにね、白路。あれ、多分あたしらとは別の星の住人だよ。相容れない」

「はは、ありがとうございます」


早く家に帰ろう。
眞人さんの料理をつまみ食いして、一緒にご飯食べて。梅之介と他愛ない口喧嘩をしていたら、きっとすっきりするはずだ。
ああ、今日の賄は、何だろう。
お魚とか食べたいなあ。

気持ちを持ち上げそうなことを考えながら外に出た私は、その先に立つ人を認めて足を止めた。
そこには、達也が立っていたのだ。


「ど、して……」


思わず呟く。
どうして、達也がここにいるの?
その問いを私の代わりに達也に向けたのは、先に出た松子だった。


「何でここにいるわけ?」


苛立った声には棘がある。達也は困ったように頭を掻いて笑った。


「勿論、迎えに来たんだ」

「はあ? 頼んでないんですけど。私、今から夕飯食べて帰るんだよね。達也さんは部屋に帰っててよ」

「夕飯食べてって、ここのところ、毎日だろ? 今日は一緒に帰ろ」

「嫌! ていうかうざ! 私、そういうことされると萎えちゃうんですけど」


わざと大きく身震いしてみせた松子は、くるりと振り返って私を見た。


「白路センパイ、幻滅しません? この人、私の気持ちが離れそうだから、慌ててフォローに来てるんですよ。まあ、仕方ないですけどねー。この人、ウチのパパの会社で雇ってもらったんで、私とは別れたくないんです」

「は?」


意味が分からないでいると、松子がクスクス笑う。

「私のパパ、結構大きなジュエリーショップを経営してるんです。だからそこに、無職の達也さんを押し込んであげたの。私は社長の末娘だから、この人必死なわけですよ。上手く行けば、幹部になれるかもしれないですし。ね、達也さん?」

「な……っ、そ、そんなのじゃないよ。何言ってんだよ、松子」


初めて聞く話だった。
そっか、ジュエリーショップなら達也の経歴もきっと生かせる。
松子のそういう部分も、達也の心を掴んだ一つなのだろうか。 
社長の親どころか、親族なんてほとんどいない私には、そんなことは出来ない。