『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「……というわけで、あのリヤカーを引いて街を彷徨っていたんです。そこで美味しそうな匂いがして、天の助けだと思って、飛び込んだのがここです」


やっぱり言うのが情けなくもあるし、思いかえすのも辛い。
気を緩めたら涙さえ出てきそうで、それを誤魔化すためについついビールを飲み進めてしまう。
ジョッキはすっかり空になっていた。


「まじか。それ、キツイな」


眞人さんが目を真ん丸にして言う。

「はあ。しかも、彼氏の好きになった女っていうのがお店の後輩で、昨日から同棲を始めたんですって。今朝出勤したら、その子からはっきりと『盗っちゃいました』と言われました。私がこの店でおうどん食べながら泣いてる頃、ふたりでクリスマスを過ごしてたってわけですね」

「なんだそれ」


言いながら立ち上がった眞人さんが厨房の方へ消えて行く。
戻って来た彼の手にはビールの注がれたジョッキがふたつ。ひとつを私にくれて、彼はまた座った。


「それで、その女に文句は言った?」

「いえ。もう、言っても仕方ないですし。というより、なんて言っていいのか分かんないんですよね。盗られた方が何を言っても、あの子に傷一つつけられない。言った分だけ、自分が傷つくだけでしょう?」


頂きます、とビールを口にする。
喋りすぎたせいか、ごくごくと飲んでしまう。


「……だからって、黙ってるってのもナイだろ」


別方向から声がして、振り返ると梅之介くんが私を見ていた。
頬が赤いところを見ると怒っているのかと思えば、彼の手にもいつのまにかジョッキがあったので酔っているだけかもしれない。
そんな彼に頷いた。


「酷い話だし、ほっぺたくらいぶっ叩いてもよかったかなとも思うんです。けど、私が叩く前に友達がやってくれたし」

「自分でやることに意味があるんだぞ」

「うーん、まあそうかもしれないんだけど。でもその時はそこまで出来る元気が出なかったんですよね。私が一番傷つく方法を考えて実行したんだろうなって考えちゃって……。そこまで嫌われてたなんて、本当に分からなかったから」

「単にその女の性格が悪いだけだろ」


梅之介くんがばっさりと切って捨てるように言うと、眞人さんが頷いた。


「そうだな。いくら嫌っていたとしても、そんなやり方はふつうしない」

「そうでしょうか……」

「つーか、その男も最低だよな。普通だったら、もっと綺麗に別れる」


梅之介くんが、ふん、と鼻を鳴らした。


「クズだ、クズ。お前の話聞いてたら、女の金で生活してるヒモみたいな奴じゃん」

「それ、よく言われます」

「どうしてそんな男と付き合ってたのか、理解に苦しむね」

「は、ぁ。ですよね。でも、好きなんです、よね」


嫌いになれたら、苦労しない。


「馬鹿だな、お前」

「あう」


言い捨てられた言葉が胸にぐっさりと刺さる。今日の私には、攻撃力が高すぎる。


「あれか、クズ具合を帳消しにするくらい、顔がよかったのか」

「うーん。悪くはない、ですかねえ。眞人さんや梅之介くんのほうが、だんぜんかっこいいです」

「ふん。僕レベルの男がそうそういてたまるか」


どこからそんな自信が湧いてくるのか、梅之介くんはさらっと言う。
それから、「じゃあ何が良かったんだ」と訊いてきた。