『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

このお店は十時がオーダーストップ、十時半が閉店なのらしい。

お客さんたちはそのギリギリの時間まで店に居て、「また来まーす」とにこやかに言って帰って行った。
クロくんと眞人さんは店先に出て、それを見送っていた。


「あー、疲れた」


 誰もいなくなった店内で、クロくんがぼやくのが聞こえる。

「今日、週の中日だぞ。こんな時間までここで飲んでて、明日の仕事は大丈夫なのかね、あの人たち」

「さあな。クロ、食事用意するから、そのテーブル片づけろ」

「うん」


そうして食器を持って厨房に来たクロくんは、洗い場の前にいる私を見て顔を思いっきり顰めた。


「そうだった、このファンキーブスがまだいたんだった」

「まだ洗い物ありますか? もうお客さんがいないんだったら、私も表に出て一緒に下げましょうか」

「もうないから、いい! お前はさっさとここを片づけ……」


シンクを覗き込んだクロくんがむっとした顔をする。


「だいたい終わりました。それを洗ったら終わりです」


勝手が分かってきたので、サクサクと終わらせることができたのだった。
食洗機の中もすっかり空だ。皿洗い担当歴、結構長かったんだよね。


「……ああそう! じゃあこれも早く洗えよな」

「え、もう終わったの? 早いなー。ありがと」


眞人さんが顔を出して、驚いたように言う。


「手際いいな。お蔭ですごく助かった。すぐ食事の用意するから」

「あ、気にしないで下さい。お手伝いさせてもらったのは、お礼のつもりでしたので」


私のしてもらったことを思えば、こんなことはお礼にもならないだろうけど、気持ちとしてはすっきりした。
それにそろそろお暇しないと、真帆も待っていることだろう。少し行くのが遅れるとメールしてはいるけれど、あまり遅くなるのもよくない。
しかし、眞人さんが、「遠慮せずに食えよ」と言う。


「シロの分も準備してるんだ。さっきの里芋もあるし、海老しんじょもある。小海老のかき揚げを卵とじにするし、ビールも付けるよ」

「う……」


里芋二個食べただけだったお腹が、ぐるるると主張した。
うわ、恥ずかしい!
慌ててお腹を押さえる私を見て、眞人さんが大きな声で笑った。


「悪いけど、そこの片づけだけお願いしていい? その間に用意してしまうから」

「は、はい。すみません……」


食事くらい、頂いちゃってもいいかな。
いい、よね。真帆だって、私の分のご飯の用意しなくていいわけだし。

ていうか本音を言えば、食べたい。
さっきの里芋をもっと味わいたいし、海老しんじょに至っては、実は皿洗い中ずっと食べたいと願っていたのだ。


「いやしんぼ。帰れ」


クロくんがそう言って、舌をべ、と出す。


「む」


何て冷たい言い方。
今まで静かに受け止めて来たけれど、そろそろ言いかえしてもいいだろうか。いや、いいはずだ。
だって、私はクロくんには全然迷惑かけてないもん。