『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「すいませーん。梅之介くん、ちょっといーい?」

「あ、はぁい! すぐ行きます、待ってくださいねー!」


表から女性の声がすると、クロくんの声音がコロっと変わった。
笑顔すら作っている。この人、どこかに切り替えスイッチが内蔵されているんだろうか。


「クロくんて、気持ちいいくらいの二重人格なんだなあ」


食洗機の中からジョッキやお皿を取り出しつつ呟いた。
小さな声だったはずなのに、それは彼の耳にしっかり届いてしまっていたらしい。
表に戻りかけていたクロくんが踵を返した。
スタスタと私の方へ戻って来たと思えば、「勘違いするな。僕は女が大っ嫌いなだけだよ」と間近で凄まれた。


「は、はあ。じゃあそれはその、やっぱり男が好きだからですか?」


美青年の怒り顔に気圧されつつ訊く。
眞人さんとそういう関係なのだろうし、女嫌いってこともあるかなあと思う。
しかしクロくんは益々顔を顰めた。


「短絡的な女だな。女が嫌いだったら男が好きかって? そんな単純じゃないんだよ」

「はあ」

「僕は男が好きというわけじゃない」


あれ? じゃあ眞人さんとは何なんだ?
調理中の眞人さんとクロくんを交互に見ながら、頭には疑問符が湧く。


「だって、眞人さんの飼い犬っていうから、そういうプレイを楽しむような関係なのかなって思ったんですけど、違うんですか? あ、それとも性別とかを超えた愛があるってことでしょうか?」


ぶほ、と吹き出したのは眞人さんだった。体を震わせているところを見ると、笑っているらしい。
対してクロくんは、顔を真っ赤にしていた。


「……プ、プレイとか、そんなんじゃねえし!」


クロくんが眞人さんに顔を向ける。


「ていうか眞人。なんでこの女がそんなこと知ってんの?」

「あ、すまん。ついうっかり言ってしまった」

「うっかり⁉ うっかりじゃないよ、なに言っちゃってんだよ! 馬鹿眞人!」


激高したクロくんは、話についていけていない私にギロッと視線を向け、「そのこと、誰かにペラペラ言うんじゃねえぞ」と超低音で言った。
迫力に圧された私はコクコクと頷くしかない。


「別に、言う人もいないですし、大丈夫です。でも、照れなくてもいいですよ。クロくんと眞人さんだと、すごく耽美な感じがします」


眞人さんが再び吹きだした。クロくんがそんな眞人さんに「笑うな、馬鹿眞人!」と声を荒げる。それから、私の鼻先に指を突き付けた。


「いいか。絶対に言うなよ。覚えてろよ」

「は、はい」

「約束破ったら、ぶっ殺すかんな。短絡馬鹿ファンキーブス!」


クロくんが吐き捨て、今度こそ表に戻って行った。


「ブスにいろいろ加わった」


しみじみ言うと、眞人さんが「もう無理」と声を上げて笑い出した。


「あんた、面白いね。ええと、名前なんて言ったっけ?」

「三倉白路です。白路でいいです」

「白路……シロ、か。クロとシロだから相性がいいのかな。面白い。クロがあんなに動揺してるとこ、初めて見た」


楽しそうに笑い、目じりに滲んだ涙を拭う眞人さん。


「ええと、あの、お二人の関係について、私は勘違いをしてますか?」

「そうだね。あいにく、耽美なものは一切含まれていないな」

「はあ」


本当に、よくわからない。
首を傾げながら食器を片づける私に、眞人さんが「後で説明するよ」と言う。


「ちゃんと誤解を解かないと、俺がクロに殺されそうだ」

「あ、お願いします」


それから私は、閉店まで黙々と食器洗いに勤しんだのだった。