『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

店内にいるのはすべて女性客で、彼女たちの目当ては眞人さんとクロくんであるらしい。
厨房の端っこでお皿の片づけを初めて三十分ほどで、私はそれを理解した。


「梅之介くーん、注文お願いしてもいーい?」

「ごめんなさい、こっちが先なんですけどー。あ! 眞人さん! 今日のオススメもすごく美味しいわ」

「眞人さーん。覚えてくれてる? また来ちゃった」


キラキラした声の間に漂う緊張感。
これは互いの戦力を計り合っている女性特有の例のアレだ。
ウチの仕事場でも時折漂うのでよく分かる。


「こりゃ、クロくんが気配消せって言うよ……」


スポンジを泡立てながら独りごちる。
女が厨房にいるなんて分かったら、ちょっとした騒ぎになるんじゃないだろうか。
洗い場は店からは見えない場所にあり、幸いにも私の存在が外に気付かれることはなさそうだけど。


「何やってんだ、ブス」


背中に冷えた声がかかり、振り返れば汚れたお皿を持ったクロくんが立っていた。


「はあ。お世話になったお礼に皿洗いをしています」

「そうか。それはいい心がけだな。僕の仕事が一つ減る。だけど、死んでも気配を消してろ。外のブスどもにバレたら面倒だから」


なんて酷い人だろう。
さっきまで、「今日のお客様は美人さんばかりで緊張しちゃうな」とのたまっていたのはその可愛いお口じゃないか。
クロくんはお皿を置くと、「もっと手際よくやれよ。まだいっぱい洗い物はあるんだぞ」と言って表に戻って行った。


「二重人格……」


切り替えの早さにびっくりしてしまう。
あんなに裏表の激しい人なんて初めて見……、いや、もう一人いたっけ。

ふっと思い出してしまった顔に、胸が痛む。
同じ二重人格でも、最初に裏を見せてくれるクロくんのほうがいい。
だって、裏切られなくて済むもの。