「――あれ?」
最寄駅からほてほてと歩いていた私は、目的の場所の手前で足を止めた。
昨晩私が駈け込んだ店の前に、たくさんの女性が溢れていたのだった。
「えー! 今日、もう無理なの? あたし、物凄く楽しみにしてたのに!」
「梅之介くん、もうちょっと待ったら席空かない? 待つから!」
女性たちの中央にはクロくんがいて、困ったように眉尻を下げていた。
彼は、この店の店員でもあったらしい。昨日眞人さんが着ていたものと同じ紬の作務衣姿だった。
「ごめんなさい。すごく嬉しいんだけど、もうこれ以上は難しいんだ。よかったら、また来てください」
「あたし、こないだも入れなかったんだよ? ねえ、いい加減予約制にしてよ!」
「本当にごめんなさい、ウチのボス、予約制にする気ないみたいなんです。あの……怒らないで?」
今朝、私に「ブスブース」と連呼していた人とは思えないほど柔らかな表情をしたクロくんが、申し訳なさそうに言う。
「僕も、出来ることならここにいるみんなに、食事を楽しんで行ってもらいたいんだけど……」
哀しそうに瞳を伏せるクロくん。
はて、あの人は二重人格なのだろうか。
私に殺気を込めた視線を向けた人と同一人物とは、到底思えない。
しかし、あんなに顔の造作の整った人間がそうそういるわけはないので、どういうわけだか同じ人間なのだろう。
周囲の女性たちが「梅之介くん! そんな顔しないで」と甘い声を出した。
「毎日でも通う。だから、そんな顔しないで、梅之介くんのせいじゃないもの!」
「でも……」
「いいの、我儘言ってごめんね? また今度来るね」
ひとりがそう言えば、周囲も口々に同じような事を言う。
そうして彼女たちは、クロくんが「ありがとう」と儚く微笑むと、嬉しそうに笑い声を上げた。
「ええ、待ってます。気を付けて帰ってくださいね」
「うん! またね、梅之介くん!」
残念そうな顔をしながらも、帰って行く女性たち。
私の横を通り過ぎようとした人が、私を見て「ねえ」と声をかけてきた。
「あなたも『四宮』目当て? 今日は満席でオーダーストップまで空きそうにないんですって。帰った方がいいわよ」
「え?」
「予約が無理なら、せめて時間制にして欲しいわ。さっきの女たち、何時間居座る気よ。ほんと、ムカつく!」
悔しそうに店を一度振り返った女性は、「次はもっと早めに来ることね。私も、勿論そうするけど」と言って去って行った。
最寄駅からほてほてと歩いていた私は、目的の場所の手前で足を止めた。
昨晩私が駈け込んだ店の前に、たくさんの女性が溢れていたのだった。
「えー! 今日、もう無理なの? あたし、物凄く楽しみにしてたのに!」
「梅之介くん、もうちょっと待ったら席空かない? 待つから!」
女性たちの中央にはクロくんがいて、困ったように眉尻を下げていた。
彼は、この店の店員でもあったらしい。昨日眞人さんが着ていたものと同じ紬の作務衣姿だった。
「ごめんなさい。すごく嬉しいんだけど、もうこれ以上は難しいんだ。よかったら、また来てください」
「あたし、こないだも入れなかったんだよ? ねえ、いい加減予約制にしてよ!」
「本当にごめんなさい、ウチのボス、予約制にする気ないみたいなんです。あの……怒らないで?」
今朝、私に「ブスブース」と連呼していた人とは思えないほど柔らかな表情をしたクロくんが、申し訳なさそうに言う。
「僕も、出来ることならここにいるみんなに、食事を楽しんで行ってもらいたいんだけど……」
哀しそうに瞳を伏せるクロくん。
はて、あの人は二重人格なのだろうか。
私に殺気を込めた視線を向けた人と同一人物とは、到底思えない。
しかし、あんなに顔の造作の整った人間がそうそういるわけはないので、どういうわけだか同じ人間なのだろう。
周囲の女性たちが「梅之介くん! そんな顔しないで」と甘い声を出した。
「毎日でも通う。だから、そんな顔しないで、梅之介くんのせいじゃないもの!」
「でも……」
「いいの、我儘言ってごめんね? また今度来るね」
ひとりがそう言えば、周囲も口々に同じような事を言う。
そうして彼女たちは、クロくんが「ありがとう」と儚く微笑むと、嬉しそうに笑い声を上げた。
「ええ、待ってます。気を付けて帰ってくださいね」
「うん! またね、梅之介くん!」
残念そうな顔をしながらも、帰って行く女性たち。
私の横を通り過ぎようとした人が、私を見て「ねえ」と声をかけてきた。
「あなたも『四宮』目当て? 今日は満席でオーダーストップまで空きそうにないんですって。帰った方がいいわよ」
「え?」
「予約が無理なら、せめて時間制にして欲しいわ。さっきの女たち、何時間居座る気よ。ほんと、ムカつく!」
悔しそうに店を一度振り返った女性は、「次はもっと早めに来ることね。私も、勿論そうするけど」と言って去って行った。



