その日の勤務は、針の筵の上にいるようだった。
松子のお蔭で事情は全員が知っているという事態となっており、私は好奇の目に晒されることとなったのだ。
休憩時間や空き時間には、「大変だったね。で、どういう流れなわけ?」と質問攻めにあった。
「あー。まあ、松子に盗られた、みたい」
私はへらりと笑って言うことしかできなかった。
意外にも、仕事も普通通りこなせたし、笑顔だって作れた。
そんな私を見たスタッフたちは、「白路って、結構タフだよね」と言った。
けれど、強くなんかなくて、ただ感情のどこかが麻痺してしまっただけなんだと思う。
「上とも相談して、国枝には移動してもらうようにするから。だから、申し訳ないけど三倉は少しだけ我慢して欲しい」
駅中店を任されている武里チーフに申し訳なさそうに言われ、「辛いのに、よく会社に来た! 偉いぞ」と背中を叩かれた。
行くところがないだけで、もっといえば、生活していくためのお金が欲しいだけだ。
泣いて籠もることが許されるのなら、今すぐにだってそうしたい。
へらへらと笑って「ありがとうございます」という私の視界の隅には松子がいて、私を蔑むような目で見ていた。
「こんな最低なやり方はない。あいつはやっぱり最低最悪のクソ男だよ。こんなことを平然とやれる男と別れられたんだから、よかったと思おうよ、白路」
達也との付き合いについてよく知っていた真帆はそう言ってくれたけれど、素直に頷けない。
みんなが酷いと口々に言う仕打ちを受け、松子との関係を知って尚、私の中にある達也を想う気持ちは消えてくれない。
真帆の言う通り、このまま別れを受け入れ、乗り越えたほうがいいのだろう。
けれど、ぶつりと断ち切られた達也との糸を、再び結び直すことができやしないかとどうしても考えてしまう。
達也、酷いよ。
別れる準備を進めていたならどうして、私の想いをそのままにしておいたの。
少しくらい、私が想いを諦められるような準備もしていてくれたっていいじゃない……。
「やっと、終わった……」
気が遠くなるような一日を終えた私は、更衣室のロッカーの前でへたり込んだ。
「お疲れ、白路」
横で着替えていた真帆が、私の頭を撫でる。
「白路は明日のシフトは休みだったよね? 私の部屋でゆっくりしてなよ」
「ありがと。でも、部屋探さなきゃ」
「昨日あんたを放ってしまったこと、悪いと思ってんのよ。だから、決まるまでは遠慮せず私の部屋に居なさいよね」
真帆が申し訳なそうに言う。
「ん、ありがとう」
「昨日泊まったビジネスホテルに、荷物を置かせてもらってるんだっけ?」
真帆には、たまたまホテルを見つけることができてそこに泊まったと嘘をついていた。
眞人さんはすごくいい人だったけど、彼を知らない真帆にいらない心配をかけると思ったのだ。
「それを持って、家に来なさいよ。ご飯、作って待ってるからさ」
「うん、ありがとう。でも、修平さんに悪くない?」
真帆にプロポーズしたばかりの彼氏の名前を出す。
昨日の今日だし、私が転がり込んでしまっていいんだろうか。
「気にしないで。白路の事情を知れば、文句言うはずないじゃない」
「ん。ありがとう……。でも、なるべく早く出て行くようにする」
着替えを終えて、店を出る。
一旦真帆と別れた私は、昨晩泊めてもらった眞人さんのお店に向かったのだった。
松子のお蔭で事情は全員が知っているという事態となっており、私は好奇の目に晒されることとなったのだ。
休憩時間や空き時間には、「大変だったね。で、どういう流れなわけ?」と質問攻めにあった。
「あー。まあ、松子に盗られた、みたい」
私はへらりと笑って言うことしかできなかった。
意外にも、仕事も普通通りこなせたし、笑顔だって作れた。
そんな私を見たスタッフたちは、「白路って、結構タフだよね」と言った。
けれど、強くなんかなくて、ただ感情のどこかが麻痺してしまっただけなんだと思う。
「上とも相談して、国枝には移動してもらうようにするから。だから、申し訳ないけど三倉は少しだけ我慢して欲しい」
駅中店を任されている武里チーフに申し訳なさそうに言われ、「辛いのに、よく会社に来た! 偉いぞ」と背中を叩かれた。
行くところがないだけで、もっといえば、生活していくためのお金が欲しいだけだ。
泣いて籠もることが許されるのなら、今すぐにだってそうしたい。
へらへらと笑って「ありがとうございます」という私の視界の隅には松子がいて、私を蔑むような目で見ていた。
「こんな最低なやり方はない。あいつはやっぱり最低最悪のクソ男だよ。こんなことを平然とやれる男と別れられたんだから、よかったと思おうよ、白路」
達也との付き合いについてよく知っていた真帆はそう言ってくれたけれど、素直に頷けない。
みんなが酷いと口々に言う仕打ちを受け、松子との関係を知って尚、私の中にある達也を想う気持ちは消えてくれない。
真帆の言う通り、このまま別れを受け入れ、乗り越えたほうがいいのだろう。
けれど、ぶつりと断ち切られた達也との糸を、再び結び直すことができやしないかとどうしても考えてしまう。
達也、酷いよ。
別れる準備を進めていたならどうして、私の想いをそのままにしておいたの。
少しくらい、私が想いを諦められるような準備もしていてくれたっていいじゃない……。
「やっと、終わった……」
気が遠くなるような一日を終えた私は、更衣室のロッカーの前でへたり込んだ。
「お疲れ、白路」
横で着替えていた真帆が、私の頭を撫でる。
「白路は明日のシフトは休みだったよね? 私の部屋でゆっくりしてなよ」
「ありがと。でも、部屋探さなきゃ」
「昨日あんたを放ってしまったこと、悪いと思ってんのよ。だから、決まるまでは遠慮せず私の部屋に居なさいよね」
真帆が申し訳なそうに言う。
「ん、ありがとう」
「昨日泊まったビジネスホテルに、荷物を置かせてもらってるんだっけ?」
真帆には、たまたまホテルを見つけることができてそこに泊まったと嘘をついていた。
眞人さんはすごくいい人だったけど、彼を知らない真帆にいらない心配をかけると思ったのだ。
「それを持って、家に来なさいよ。ご飯、作って待ってるからさ」
「うん、ありがとう。でも、修平さんに悪くない?」
真帆にプロポーズしたばかりの彼氏の名前を出す。
昨日の今日だし、私が転がり込んでしまっていいんだろうか。
「気にしないで。白路の事情を知れば、文句言うはずないじゃない」
「ん。ありがとう……。でも、なるべく早く出て行くようにする」
着替えを終えて、店を出る。
一旦真帆と別れた私は、昨晩泊めてもらった眞人さんのお店に向かったのだった。



