『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「なに、あれ……。頭おかしいんじゃない、あの女」


怒りの余りか、真帆の声が震えている。
真帆は私の顔を覗き込んで、「大丈夫?」と言った。


「顔色悪い。大丈夫? 仕事、できる?」

「ん……。ありがとう、大丈夫」


本当は、仕事なんて放りだしてこの場から消え去りたかった。
それをしないのは、偏に行く場所がないからだ。

松子の言葉の一つひとつが、私の心をギリギリと締め上げる。
大好きな人と大事な後輩が、ふたりして私を騙していた。
私が泣き咽んでいた昨日の夜、ふたりは幸せに寄り添っていて、もしかしたら愚かな私を笑っていたのかもしれない。


「酷い、よねえ。奪うにしても、もっとやり方がある、よねえ」


呟いて、はは、と力なく笑う。
もう、どんな顔をしていいのかも、どうしたらいいのかもわからない。
不思議と、涙は出なかった。ショックが大きすぎたのかもしれない。


「私、あんなに嫌われるようなこと、したかなあ」

「してないよ! あの女が勝手に嫌ってるだけだよ。あいつ、白路のこと全然知らないくせに勝手なこと言って、ホントにムカつく。私、チーフに早く移動させるようお願いしてくる!」


真帆が言うなり、走って行ってしまう。その背中を止める気力は、私には残っていなかった。


「サイアク、だなあ」


はあ、とため息をついてその場にへたり込む。
リノリウムの床はひどく冷たくて、けれど立ち上がることの出来ない私は、徒に体温を奪われ続けたのだった。