「松子! あんた、あんなに白路に可愛がってもらってたのに、どうしてそんなことできるの⁉」
真帆が気色ばむ。
しかし松子は怖気づく様子もなく、肩を竦めた。
「勿論、達也さんが好きだからです。誰の彼氏だろうと、好きになった人を諦めるようなこと、私はしません。それに、」
松子は、私に冷ややかな目を向ける。
「私、白路センパイの事最初から大嫌いだったんですよね。ちょっと綺麗で人がいいからってちやほやされてるところも、人の親切を当然な顔をして受け止めるところも、吐き気がするほどムカついてました」
「は? あんた、何言ってんの」
「自分のお願いは何でも聞いてもらえる、って考えが滲んでいるところも嫌。いつか絶対、そのへらへらした顔を涙でぐしゃぐしゃにしてやるって思ってた。達也さんも手に入るし、今回は一石二鳥ってやつですね」
私は本当に、松子を可愛い後輩だと思っていた。
松子も同じくらい私を先輩として慕ってくれていると信じて疑わなかった。
ましてや、嫌われているなんて想像だにしていなかった。
あまりのことに何も言えない私を見て、松子はくつりと笑った。
「センパイ、天然だとか優しいだとか言われてますけど、単に頭が弱いだけですよ? 私と達也さんが半年前から付き合いだしていたことも、引っ越し準備を進めていたことも全然気づかないんだもん。ホント、頭弱すぎて笑える」
「松子、いい加減にしな」
真帆が松子に近づいたかと思えば、平手で頬を打った。
乾いた音が、狭い更衣室に響く。
打たれた左頬を手で押さえた松子が「あーあ、ホント嫌になる」と吐き捨てるように言う。
「みんな、白路センパイの味方なんですね。私、チーフにまで叱られました。でも、どうしてこんな人を大事にしてるのか、全然分かんない」
「あんた、自分がしたこと分かってんの? 誰が、最低なことしたあんたの味方をするっての」
「好きな人に好きって言って、悪いですか? 自分の気持ち、押し殺さなきゃいけませんか? 達也さんを繋ぎとめられなかったこの人にも、責任はあるでしょ」
「松子、あんた!」
「もう、いいよ。真帆」
再び振り上げられようとした真帆の手を掴んで止めた。
「ありがとう、真帆。でも、松子の言う通りだよ。全然気づかなかったの、私。達也が心変わりしたことも、引っ越す準備をしていたことも」
本当に何も、気付かなかった。半年という期間に絶望してしまうくらいに。
「ほら出た。いい子ちゃん」
赤くなった頬を押さえたまま、松子が鼻で笑う。
「そういうとこ、ホンットに嫌い。悔しい、酷いって食って掛かられた方がよっぽど可愛げがありますよ。まあでも、別にもう構いません。私、近いうちに別店舗に移動させられるでしょうし」
女性スタッフばかりだからか、気の強い面々が揃ってしまうのか、我が社ではトラブルが多い。
そういった場合、非がある方が別店舗に移動を命じられるのだった。
今回もきっとどちらかが移動となる。
それが自分であると、松子は分かっているのだ。
「まあ、あと少しの間だけ顔を合わせなきゃいけませんけど、お互い我慢しましょうね、センパイ」
可愛らしく笑ってみせて、松子は踵を返した。
彼女の愛用している香水の、マグノリアの香りだけがその場に残った。
真帆が気色ばむ。
しかし松子は怖気づく様子もなく、肩を竦めた。
「勿論、達也さんが好きだからです。誰の彼氏だろうと、好きになった人を諦めるようなこと、私はしません。それに、」
松子は、私に冷ややかな目を向ける。
「私、白路センパイの事最初から大嫌いだったんですよね。ちょっと綺麗で人がいいからってちやほやされてるところも、人の親切を当然な顔をして受け止めるところも、吐き気がするほどムカついてました」
「は? あんた、何言ってんの」
「自分のお願いは何でも聞いてもらえる、って考えが滲んでいるところも嫌。いつか絶対、そのへらへらした顔を涙でぐしゃぐしゃにしてやるって思ってた。達也さんも手に入るし、今回は一石二鳥ってやつですね」
私は本当に、松子を可愛い後輩だと思っていた。
松子も同じくらい私を先輩として慕ってくれていると信じて疑わなかった。
ましてや、嫌われているなんて想像だにしていなかった。
あまりのことに何も言えない私を見て、松子はくつりと笑った。
「センパイ、天然だとか優しいだとか言われてますけど、単に頭が弱いだけですよ? 私と達也さんが半年前から付き合いだしていたことも、引っ越し準備を進めていたことも全然気づかないんだもん。ホント、頭弱すぎて笑える」
「松子、いい加減にしな」
真帆が松子に近づいたかと思えば、平手で頬を打った。
乾いた音が、狭い更衣室に響く。
打たれた左頬を手で押さえた松子が「あーあ、ホント嫌になる」と吐き捨てるように言う。
「みんな、白路センパイの味方なんですね。私、チーフにまで叱られました。でも、どうしてこんな人を大事にしてるのか、全然分かんない」
「あんた、自分がしたこと分かってんの? 誰が、最低なことしたあんたの味方をするっての」
「好きな人に好きって言って、悪いですか? 自分の気持ち、押し殺さなきゃいけませんか? 達也さんを繋ぎとめられなかったこの人にも、責任はあるでしょ」
「松子、あんた!」
「もう、いいよ。真帆」
再び振り上げられようとした真帆の手を掴んで止めた。
「ありがとう、真帆。でも、松子の言う通りだよ。全然気づかなかったの、私。達也が心変わりしたことも、引っ越す準備をしていたことも」
本当に何も、気付かなかった。半年という期間に絶望してしまうくらいに。
「ほら出た。いい子ちゃん」
赤くなった頬を押さえたまま、松子が鼻で笑う。
「そういうとこ、ホンットに嫌い。悔しい、酷いって食って掛かられた方がよっぽど可愛げがありますよ。まあでも、別にもう構いません。私、近いうちに別店舗に移動させられるでしょうし」
女性スタッフばかりだからか、気の強い面々が揃ってしまうのか、我が社ではトラブルが多い。
そういった場合、非がある方が別店舗に移動を命じられるのだった。
今回もきっとどちらかが移動となる。
それが自分であると、松子は分かっているのだ。
「まあ、あと少しの間だけ顔を合わせなきゃいけませんけど、お互い我慢しましょうね、センパイ」
可愛らしく笑ってみせて、松子は踵を返した。
彼女の愛用している香水の、マグノリアの香りだけがその場に残った。



