もしこの世界に神様がいるのだとしたら、私は絶対に愛されていない。
前世で神様の親殺しでもしちゃったんじゃないじゃないかと思う。
出社した私を待ち構えていたのは、どうしようもなく残酷な事実だった。
「し、白路!」
「おはよう、真帆。婚約おめでとう……って、どうかしたの?」
更衣室で制服に着替えていた私の元に、真帆が駈け込んで来た。
お祝いの言葉を口にした私だったが、真帆の顔が怒りで真っ赤になっているのを見て首を傾げる。
今朝は誰よりもにこやかであってしかるべきであるのに、どうしたんだろう。
「どうしたの、じゃない! 達也、あんたから松子に乗り換えてたの! 昨日、あんたを捨てて出て行ったあいつは、松子と同棲始めてたの!」
「は?」
意味が解らない。え? 真帆は今なんて言った?
「は? じゃなくて! 松子がさっきから、みんなに言って回ってんの。達也さんと同棲始めたって。あの男、あんたとの部屋引き払って、松子と暮らし始めてたの!」
呆然とする。
私より五つ下で、入社二年目の国枝松子(くにえだ・まつこ)は、私が教育係となって指導した子だ。
負けん気が強くてはきはきしていて、物覚えのいい子。
私の言うことをキチンと聞いて、同期の子たちの誰よりも早く仕事に慣れた。
私の事をとても慕ってくれて、私たちの部屋に遊びに来たことは何度もある。
達也ともすっかり仲良くなって、『白路センパイたち見てると羨ましくなっちゃう。すごく素敵ですよねえ』だなんて言っていた。
達也も、『松子ちゃんって、素直で可愛い後輩だな。白路、かわいがってやらなきゃな』って笑っていた。
その松子と、達也が?
「う、そ」
目の前が真っ白になる。だってそんなの、ありえないもの。
「嘘だったらこんなに取り乱してないって! あの男最低だとは思ってたけど、まさか松子に手を出すなんて信じらんない! 松子も松子だよ。あんなに白路に懐いてたくせに!」
ロッカーを真帆が叩くと、驚くくらい大きな音がした。
その音に、はっと我に返る。
だけど、真帆の話を信じられるかといえば、話は別だった。
信じたくない、という方がいいかもしれない。
「わ、たし。松子と話してくる」
「私なら、ここにいますよ」
笑みを含んだ声がして、声の方向を見て見れば出入り口のドアに松子が凭れていた。
サラサラのストレートヘアが良く似合う松子は、今日は綺麗な黒髪を一纏めにしていた。
肩口からさらりと流れる髪には一筋の乱れもない。
マツエクの縁取る大きな瞳を半月にかえて、松子は「すみませぇん、白路センパイ」とかわいらしく小首を傾げた。
「私、達也さんのこと本気で好きになっちゃって。なので、達也さん貰っちゃいました」
「貰っちゃった、って……。松子、それ本気で言ってるの?」
「はい! クリスマスイブを二人の始まりの日にしたいってお願いしたら、達也さん、それを叶えてくれたんです」
舌をペロッと出して笑う仕草は、人に甘えるときの松子の癖だ。
この子は自分がしている事を分かっていて尚、私にそんなことをしてのけるのか。
前世で神様の親殺しでもしちゃったんじゃないじゃないかと思う。
出社した私を待ち構えていたのは、どうしようもなく残酷な事実だった。
「し、白路!」
「おはよう、真帆。婚約おめでとう……って、どうかしたの?」
更衣室で制服に着替えていた私の元に、真帆が駈け込んで来た。
お祝いの言葉を口にした私だったが、真帆の顔が怒りで真っ赤になっているのを見て首を傾げる。
今朝は誰よりもにこやかであってしかるべきであるのに、どうしたんだろう。
「どうしたの、じゃない! 達也、あんたから松子に乗り換えてたの! 昨日、あんたを捨てて出て行ったあいつは、松子と同棲始めてたの!」
「は?」
意味が解らない。え? 真帆は今なんて言った?
「は? じゃなくて! 松子がさっきから、みんなに言って回ってんの。達也さんと同棲始めたって。あの男、あんたとの部屋引き払って、松子と暮らし始めてたの!」
呆然とする。
私より五つ下で、入社二年目の国枝松子(くにえだ・まつこ)は、私が教育係となって指導した子だ。
負けん気が強くてはきはきしていて、物覚えのいい子。
私の言うことをキチンと聞いて、同期の子たちの誰よりも早く仕事に慣れた。
私の事をとても慕ってくれて、私たちの部屋に遊びに来たことは何度もある。
達也ともすっかり仲良くなって、『白路センパイたち見てると羨ましくなっちゃう。すごく素敵ですよねえ』だなんて言っていた。
達也も、『松子ちゃんって、素直で可愛い後輩だな。白路、かわいがってやらなきゃな』って笑っていた。
その松子と、達也が?
「う、そ」
目の前が真っ白になる。だってそんなの、ありえないもの。
「嘘だったらこんなに取り乱してないって! あの男最低だとは思ってたけど、まさか松子に手を出すなんて信じらんない! 松子も松子だよ。あんなに白路に懐いてたくせに!」
ロッカーを真帆が叩くと、驚くくらい大きな音がした。
その音に、はっと我に返る。
だけど、真帆の話を信じられるかといえば、話は別だった。
信じたくない、という方がいいかもしれない。
「わ、たし。松子と話してくる」
「私なら、ここにいますよ」
笑みを含んだ声がして、声の方向を見て見れば出入り口のドアに松子が凭れていた。
サラサラのストレートヘアが良く似合う松子は、今日は綺麗な黒髪を一纏めにしていた。
肩口からさらりと流れる髪には一筋の乱れもない。
マツエクの縁取る大きな瞳を半月にかえて、松子は「すみませぇん、白路センパイ」とかわいらしく小首を傾げた。
「私、達也さんのこと本気で好きになっちゃって。なので、達也さん貰っちゃいました」
「貰っちゃった、って……。松子、それ本気で言ってるの?」
「はい! クリスマスイブを二人の始まりの日にしたいってお願いしたら、達也さん、それを叶えてくれたんです」
舌をペロッと出して笑う仕草は、人に甘えるときの松子の癖だ。
この子は自分がしている事を分かっていて尚、私にそんなことをしてのけるのか。



