『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「あ、あの!」


扉をノックするのももどかしく、厨房に駆けこんだ。
そこには仏頂面をした男の子と、眞人さんがいた。
男の子は眉間に深い皺を刻んだまま、丸椅子の上で体育座りをしており、眞人さんは穏やかな様子で料理を作っている最中だった。


「あ、美味しそう」


味噌汁のあったかな香りがそこを満たしていて、一瞬目的を忘れかけた私だったが、男の子に「すみません」と頭を下げた。


「あの、私昨夜」

「……眞人から全部聞いた。捨て犬かよ。いいトシした女がみっともねー」


ふん、と顔を背ける男の子の頭に、眞人さんがコツンと拳を落とす。


「そういう言い方すんじゃねーの。おはよ。悪いね、こいつ、口が悪くって」

「い、いえ」

「人見知りが激しいんだ。だから、気にしなくっていいから」

「朝起きたら知らない女がいて、眞人の服着てるんだよ? 人見知りじゃなくっても敵意向くでしょ。でも、」


男の子は、私に上から下まで調べるような視線を向けた。
それから唇の片方を持ち上げてクツリと笑う。


「でも、まあこんなブスが眞人とどうこうなる、なんてわけないか。何、そのファンキーな頭」

「あう」


な、なんてひどいことを!
この頭にして失笑されたことはあれど、あからさまに貶されたのは初めてだったので言葉が胸に突き刺さる。
それが、こんなにも顔立ちの綺麗な男の子からとなれば、傷は深すぎる。


「あう、じゃねーよ、ブス。ブース!」

「やめろ、クロ」


拳が落ちた。今度はコツンじゃなくてゴツン。
クロと呼ばれた男の子は頭を抱えて「いってえ!」と唸った。眞人さんが私に顔を向ける。


「支度、済んだ? すぐメシの用意ができるから、そこに座りな。クロ、その椅子を彼女へ」

「くっそ、痛いじゃん! 眞人の馬鹿! 早く出て行けよな、ブス!」


椅子から降りたクロくんが私に椅子を押しやり、家の方へ駆け戻って行った。
どすどすと荒い足音が遠ざかっていく。


「すごく怒ってたみたいですけど、あの、私もうお暇した方がいいんじゃないでしょうか」


彼をとても不快にさせてしまったらしい。彼の消えた方を見ていると、「クロのことは気にしなくていいよ」と眞人さんが言った。


「あいつは人見知りが酷いし、女嫌いなんだ。悪かったね、ああなるとなかなか止まらなくって」

「あの、クロくんは、ここにお住まいなんですか?」

「昨日言っただろう。あれが俺の飼い犬」


何でもない事のように言って、眞人さんはキッチン台の上に器を並べた。
白いご飯に蕪とシメジのお味噌汁。小松菜と油揚げの煮びたしに厚焼き卵。ふわふわと美味しそうな湯気を放っていて、私は咄嗟にそれに心奪われてしまう。


「え、と」


しかし、彼の言葉の意味も掴めなくて、頭に幾つもの疑問符が湧く。
人間の男の子を、飼い犬? 男の子を、飼う? 犬として?

眞人さんを見るが、平然とした様子で私の為にお茶を淹れてくれていた。