『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「なんていい、人……」

渡されたバスタオルを抱えて、私は彼の去って行った襖をしばらく見つめていた。
彼はそのまま、店舗の方へ行ったらしい。すぐに気配が消えた。
まだ片付けが終わってないのだろう。それと、多分お風呂を使う私に気を使ってくれたのだと思う。


「あ、と。早く入らなきゃ」


私が早くお風呂を使わないと、彼はいつまで経ってもこちらに戻ってこられない。
これ以上迷惑をかけられない、と私は急いでお湯を使わせてもらったのだった。


「あの、ありがとうございました」


お風呂を上がり、眞人さんに報告に行く。
慣れない家で、見当をつけてドアを開けると厨房に繋がっていた。狭いけれど綺麗に磨かれたキッチンの中央に、眞人さんはいた。
丸椅子を置き、そこでぼんやりと煙草を吸っている。


「ああ。服、デカいな」


眞人さんが私を認めてくすりと笑う。トレーナーは私が着るとでっかいワンピースのようになっていた。


「私の服、全滅だったのですごく助かりました」

「そうか。まあ、ゆっくり寝るといい。ん?」


立ち上がった眞人さんが私の方へ来た。
ドアと厨房は階段二段程の段差があって、私の方が少しだけ高い。
その私の頭に眞人さんは手を伸ばした。


「は、はい?」

「髪、濡れてるぞ。ドライヤー、あっただろう。遠慮しないで使え」


雫を残している私の髪に触れて、眉根を寄せる。
早くバスルームを空けなければと思っていた私は、髪を乾かすことをサボっていたのだ。


「あ、じゃあ部屋でしますから。眞人さんもお風呂使ってください」

「ああ。じゃあおやすみ」


彼はそう言って、椅子の方へ戻った。
その背中に「おやすみなさい」と声をかけて、私は部屋に戻った。
ドライヤーを借り、髪を乾かす。それから布団にもぐりこんだ。


「いい匂いがする」


昔、祖母の家の布団がこんな風にあったかい匂いがしたっけ。
すっと吸い込むと、心が穏やかに落ち着いてくる。

今日は、数時間の間で色んなことがあった。
だけど今は、全部忘れよう。
だって、今はこんなにも気分が穏やかになれてるんだもの。
ああ、地獄に仏って正にこのことだ。眞人さんに出会えて、本当に良かった。

疲れ切っていたせいもある。
けれど、眞人さんのお蔭で人心地の付いた私は、目を閉じただけで実にあっさりと簡単に、眠りへ落ちたのだった。