『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「どうしたの?」


眞人さんに訊くと、梅之介が「馬鹿だ」と吐き捨てた。


「気付くのが遅いんだよ、馬ー鹿」

「え? 梅之介?」

「白路の口からおしまいって言われて、動揺してんじゃねえよ」


梅之介の方を見る。唇を歪ませて、笑っていた。

「『飼い犬』なんて言葉に一番縋っていたのは、誰だ? 言葉で、繋がりを確かにしようとしてたのは誰だ? 『飼い犬』って鎖に繋がれて安心してたのは、僕らじゃない。おまえだろ、眞人」

「う、梅之介、どうしたの。意味分かんない」


私の問いに、梅之介は耳を貸さない。眞人さんを見据えて、尚も言いつのった。


「家族が欲しかったんだろう? 甘えたかったんだろう? 僕たちが、白路が大事なんだろう?」


甘えたかった? 眞人さんが?
驚いて、眞人さんを見た。だって、眞人さんは私たちを甘やかす方で、決して甘えるなんてことはなかった。


『……ただ、甘え方を知らなかった』


ふっと思い出した言葉に、息を飲む。
一緒に眠った夜の合間に、眞人さんは確かにそう言った。
甘え方を、知らなかった。それは、今も……?

眞人さんは、何も言わない。
視線を梅之介から外した。眉間に深い皺を刻み、何かを堪えるように強く唇を引き結ぶ。


「誰よりも寂しがりで臆病なんだよ、眞人は」


梅之助が口調をぐんと和らげる。


「もう、分かるだろ、眞人。分かるなら、どうしたいか言えよ」


沈黙。眞人さんは、やはり何も言わなかった。
眞人さんの返事を静かに待っていた梅之介だったが、いずれ辛抱が切れた。
「それがお前の答えなんだな」と低い声を落とした。


「もうおしまいだ、白路。もう、行くぞ」

「え? え?」

「この家を出る」


梅之介が、椅子に座り込んだままの私の元へと来て、腕を掴んだ。


「僕は、最後までこの茶番に付き合った。だから、もうおしまいだ。もう、出るぞ」

「え? え?」

「これ以上、もうイライラしたくないんだよ。お前も、明日出るのも今夜出るのも一緒だろ」

「だ、だって」

「それに、僕はもうお前が他の男との別れを惜しんで泣くのを見たくないんだよ!」


梅之介の最後の言葉に反応して、眞人さんが顔を上げる。梅之介は眞人さんを見下ろして、続けた。


「僕、白路とこれからも一緒に生きてく。お前はそれを羨ましがりながら青森でもどこでも行けよ」


行くぞ、と梅之介が私を引っ張っていった。
リヤカーに、梅之介はどんどん私の荷物を載せていく。
少しずつ移動させていたから、思いのほか荷物は少ない。
あっという間に、支度は終わった。


「う、梅之介。こんな、早いよ。どうせ、明日は出て行くんだから、何も無理にこんな」

「嫌なんだよ。白路を泣かせるのが嫌だ。こんなにはっきりと答えを教えてあげているのに動かない眞人を見るのも、嫌だ。幻滅したくないんだよ」


梅之介は、私の言うことなど聞いていないようだった。
何もかも、私の物を詰め終わると「行くぞ」と言った。


「で、でも」


こんな喧嘩別れみたいな真似はしたくない。せめて最後くらい……。
そんな私の思いが分かったのだろう。梅之介が唇を歪ませた。


「もう、どんな形で別れたって、白路は納得できないさ。それなら、躊躇う前に出た方がいい」

「……そ、んな」

「そんなことないって、言う? 言えないだろ。それなら、行こう」