『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

十八時ぴったりに、私は店に移動した。
厨房に入ると、出汁の香りが鼻を擽る。

ああ、この香りを嗅ぐのも、これが最後なんだ。

くるくる動き回っていた眞人さんが、入ってきた私を認めて「お。時間に正確だな」と笑った。


「何か、手伝うことある?」

「いや、ないよ。今日は、俺がお前たちをもてなす側だから。向こうに行って、座ってろ」


追い立てられるようにして、店の方へ移動した。
中央の席が綺麗に設えられている。しかしそこには二人分の支度しかない。

どうして? と見渡すと、端っこの席に梅之介が座っていた。
自分の分だけ移動させたのだろう、箸置きやお箸、グラスが適当に散乱していた。


「あ、梅之介。どうしてそんなところにいるの?」

「見送りが湿っぽいなんて言うくせに、三人仲良く最後の晩餐なんて、矛盾だろ。僕はここでいい」

「なにそれ」


梅之介の方へ行き、「一緒に食べよう?」と言った。


「ね?」

「ここでいい」


梅之介の意思は、固いみたいだった。

……これが本当に、最後なんだけどな。

そんな寂しい思いが、私の顔に出ていたのだろうか。
梅之介が、大きなため息をついた。


「最初は、僕はこうして別の席に座っていたはずだ。だけど、ちゃんと最後まで食事を摂っただろ。それで、納得してくれよ」

「いてくれるの?」

「だからここにいるだろ」


つん、と顔を背けて、梅之介は続けた。


「この、馬鹿みたいな『ごっこ』には最後まで付き合うって決めたからね」

「……ありがとう」


頭を下げると、「早く座れよ」と梅之介が言う。


「うん」


それから、用意された自分の椅子に座った。
食前酒として用意されていた梅酒をちろりと舐める。


「さて、用意できたから、出すな」


お盆を抱えた眞人さんが来た。


「懐石料理。ふたりの好きなもので構成したから、季節感やしきたり無視だけど、許してくれ」


そう言って置かれた小盆には、お刺身好きの梅之介の好物ばかりが載っていた。鯛の菊花和えに、平目の明太子和え。それに、炙り河豚。


「ふん、秋物ばっかり。本当に、無視だね」


鼻を鳴らした梅之介が、箸をつける。思わず、梅之介が口にするのを見守ってしまう。
一品ずつ、順に口をつける。
相変わらず、その仕草は品がある。

静かに咀嚼して、梅之介は「美味い」と零した。


「いいんじゃないの。旬の物ではないけど、美味しいよ」

「そうか。よかった。まだあるから、いっぱい食ってくれ」


眞人さんがほっとしたように笑う。その瞬間、空気が柔らかいものに変わった。
私も、目の前のお皿に箸をのばした。