『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

そんな、バタバタした日々を送る私たちだけれど、関係はあの晩からぎこちないままだった。

最低限の会話しかしないし、賄の席も、食事が済めばさっと解散してそれぞれの部屋に戻ってしまう。

梅之介と眞人さんは、目も合わさない。
時折、眞人さんが梅之介を見ているけれど、梅之介が視線を合わせることはなかった。

眞人さんは、私を見ることもあった。
けれどこれは、『飼い犬』に拘る私を憐れんでいるんじゃないかと思う。
視線に耐えきれず、えへへと笑ってみせると、眞人さんは眉間に皺を寄せてふいと顔を逸らした。

僅かな時間でさえ、眞人さんにストレスを与えているだろうか。
だけど、もういいですとは、言えないでいる。

……このまま、終わっちゃうんだろうな。
ここでの思い出もだんだん風化していって、そして、いつか忘れてしまうのかもしれない。
そんなことを考えて、泣き出しそうになる。
寂しいのに、どうにかしたいのに、でも、もうどうしようもできない。


そんな日を繰り返して、小料理屋『四宮』は昨日、沢山の人に惜しまれて、閉店した。
閉店の翌日から二日間、引っ越しの為休みを貰っていた私は、朝早くから家じゅうの大掃除に励んでいた。

私は、明日の朝、この家を出る。
当初、青森に出発する眞人さんを見送って、それから私も新居に移る予定にしていた。
梅之介もそうするつもりだと言っていた。

しかし、私たちふたりの予定を聞いた眞人さんは、「見送らなくてもいいよ」と言った。
そういう湿っぽい事されるの苦手だから、と頑なに言って、私たちは彼の出発の前に出て行くことにしたのだ。
最後くらい、ちゃんとお別れをさせて欲しかったのにな。


「よし。これくらいでいいかな」


壁掛けの時計の針が正午をとっくに過ぎたことを示している昼下がり。
私は自室にしていた和室の中心に立ち、室内ををぐるりと見渡した。
窓は綺麗に磨いたし、畳も拭いた。電燈の傘も、ピカピカに磨き倒した。
開かずの間だった他の部屋も、同様に綺麗にした(腐りかけた畳はどうしようもなかったけれど)。

半年にも満たない間だったけれど、お世話になりました。


「起つ鳥、痕を濁さずだよね」


うむ、と頷いたところで、襖が鳴った。


「シロ、いいか?」


眞人さんの声だった。朝からどこかに出かけていなかったけれど、帰って来たのらしい。
頭に巻いていた埃よけのバンダナを外し、「はい、どうぞ」と言う。

入ってきた眞人さんは、部屋を見渡して「おお」と声を洩らす。


「ここもすごく綺麗になってるな。家じゅうを掃除してくれたんだ?」

「うん。この家に、今までのお礼をしてたの。明日にはここを出るでしょ」


えへへ、と笑うと、眞人さんが「ありがとう」と言った。


「それでな。今晩、みんなでメシを食おう」

「え?」

「朝イチで市場に行って、食材も調達してる。最後だし、三人でいいメシ食おう」


眞人さんが、「いいか?」と訊く。
私は、迷うことなく頷いた。


「うん! すごく嬉しい」


今晩は、三人別々に食事を摂ることになるかもしれないと思っていたので、嬉しい。
最後くらい、きちんとしてたいもの。


「よかった。クロも、それでいいって言ってる。じゃあ、十八時になったら店の方へ来てくれ。俺、準備しておくから」

「わかった!」

「じゃあ、仕込みに入るから」


言って、眞人さんは部屋を出て行った。


「そっか。最後、か」


小さく声にだす。
本当に、もう最後なんだ。本当に……。