『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

帰ってきた私たちを出迎えた眞人さんは、何も言わなかった。
私たちもまた何も言わず、玄関先で気まずい空気が流れた。


「眞人、僕、明日休み貰っていいかな。実家に行ってきたいんだ」


梅之介が言うと、眞人さんが頷いた。


「分かった。じゃあ、明日は臨時休業にしよう。俺も、榊さんに連絡を取って引っ越す段取りをつけることにする」


じゃあふたりとも、おやすみ。そう言って、眞人さんは部屋に引っ込んでしまった。


「僕も、明日に備えて寝るよ。白路も仕事だろう? 頑張れよ」


梅之介が、私の頭をくしゃりと撫でて二階に上がって行った。


「おやすみ」


誰もいなくなった玄関でひとり呟いた。

限られた三人の時間を大切にしたいと思っていたのに、きっとそれはもう叶わないのだろう。
あの時間をもう一度だけ感じたくて、だから、あんなお願いをしたのに。なのに。
立ち尽くす私の頬を、涙が一筋伝った。


その翌日、梅之介は実家に行ってきて、両親と話し合いをしてきた。
帰って来た時、梅之介はすっきりした顔をしていて、「こんなに簡単に済むんなら、もっと早くに終わらせていればよかったな」と肩を竦めた。


「みんな、僕が死んだと思ってたんだって。すっげえの、もう涙々の感動の御対面」


家族はみんな、梅之介が失意の果てに自殺したと思っていたらしい。
兄たちは男泣きで出迎えてくれ、問題後に実家に帰ったままだった母親も、梅之介帰宅の連絡を受けると車をすっ飛ばして帰って来たそうだ。


「オヤジは、なんかすごく窶れてた。近々引退するってさ。ていうか、兄さんたちに追いやられた?」


私の部屋に来て、ケラケラと笑いながら梅之介は話す。その顔は本当に晴々している。


「僕の元カノだけでなくて、お手伝いさんとお弟子さんにも手を付けててさ。引退と同時に離婚じゃないかな。ざまあ」


元彼女さんは、息子を行方不明にした責任をとれと梅之介の母親に高額な慰謝料を請求されたらしい。
それは一介の美容師に払えるような額ではなく、彼女はそのまま行方不明になったそうだ。


「可哀想だとは思うけど、自業自得だよね。それに、僕の友達からも責められたって話だし、まあ地元にはいられないよね。あ、そうそう、友達にも久しぶりに連絡してさ。なんと、お店紹介してもらえそうなんだ。今度、面接行って来る」

「ええ! 早いね」

「お店が決まったら、その近くで部屋探す。ここにいる間に少し貯金も出来たし、大丈夫だと思う。実家に、僕が前に使ってた家具や家電がそのまま残ってたから、それを持って行けばそんなにお金もかかんない」

「なんか……梅之介、行動的だね」


話を聞いていて、驚くばかりだ。
たった一日で問題を幾つも片づけて来たのだ。すごすぎる。
感心する私に、梅之介がふふん、と笑う。


「今、すごいやる気が出てるから。なんでもやれる」

「そっか」

「明日からはまた働かなくちゃ。お金もいるしね。まあ、見ててよ」


話し終わると、梅之介は「今日は疲れたから、寝るよ。おやすみ」と言って出て行った。


「おやす、み」


閉じられた襖を見ながら、私はため息をつく。
梅之介は、すごい。決めたら、すぐに行動を始めるんだもの。

ぼんやりしていると、携帯が震えた。
見れば真帆からのメールで、『アパートの件、オッケーだよ。明日詳しいことを説明するね』と書いてあった。


「私も、引っ越し準備、始めなくちゃ……」


小さく呟いた。