『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「あんた、仕事は? 住むとこがない上、無職だったりする?」

「あ、仕事はあります。明日も仕事があるので、七時半にはここを出ようかと思います」


私は、出て行かざるを得なかったアパートから徒歩に十分ほどの場所にある、駅中のエステサロンで働いている。
いまいちここの場所が分からないけれど、私の足で行ける範囲なんてきっとたかが知れている。
早めに出てタクシーを使えば、出社時間には十分間に合うだろう。


「そうか。じゃあ出る前までに朝食は準備しておく」

「あ。私の為に早起きするのなら、お気遣いはいらないです。泊めて頂けただけで充分ですし」

「早朝から市場に買い出しに行くんだ。いつもその時間には起きてるから心配いらない」


ヒーターが部屋をゆっくりと暖めてくれる。その間に眞人さんは布団まで敷いてくれた。


「よし、これでいいな。あんた、着替えはある?」

「はい、リヤカーの中に。あ」


言いながら気付く。随分雪をかぶっていたけれど、大丈夫だろうか。
眞人さんもそれに思い至ったらしい。「無理かもな」と呟いた。


「えっと、見てきます」

「ああ」


そうしてリヤカーの元へ戻り、荷物を確認した私だったけれど、荷物は見るも無残な状態だった。
ああ、革のバッグがシミだらけに、カシミヤのショールがびしょ濡れになってる……。


「あ、明日の服だけでも乾かさなきゃ!」


前日と同じ服なんかで出社したら絶対に余計な勘繰りをされてしまう。
突っ込まれたくない現実があるだけに、それだけはどうしても避けたい。
荷物の前でへたり込みたい気分だったが、慌てて最低限の服を抱えて部屋に戻った。


「ほら、ハンガー。鴨居にでも掛けとけ。後でアイロンも持ってきてやるから」


眞人さんは私の顔を見てすぐに状況を理解したらしく、ハンガーを貸してくれた。
それから、大きなトレーナーもくれる。


「俺のでよければ。まあ、あんたがいいなら、だけどな」

「お借り、します」


こんなに迷惑をかけてしまっていいんだろうか。
一万円だけでは足りない気がする。

しかし眞人さんは全く嫌な顔をせずに、淡々と私の世話を焼いてくれた。
右足のことも忘れていなくて、湿布とアイスノンまで出してくれた。
右足首は少し熱を持っているだけだったので、湿布を貼っておけば明日は大丈夫だろう。

そうして一通りのことをしてくれると、「さっさと風呂に入ってこいな」と言って部屋を出て行った。