『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「頭真っ白だったよね。だってそれはもうどんな言い訳もしようもない場面でさ」

「それで、梅之介はどうしたの?」


思わず訊いてしまう。本当だったら遠慮してしまう内容だけれど、梅之介が余りにもあっさり言うものだから、つられたのだ。


「反射的にケータイ取り出して、ふたりを写メって僕の母親の携帯に送りつけた」


くつりと笑う梅之介に、口がぽかんと開いた。その場面で、それができるなんて、すごい。さすが梅之介と言うしかない。


「やめろ! なんてオヤジは言うんだけど、不幸にもパニックになった彼女が上に乗っかったままなもんだから、動けないでやんの。送信完了を確認してから、ケータイを二人に投げつけて出て来てやった」


手抜きも一切なしである。土壇場でのその判断力に、拍手を贈りたい。


「そんな流れだからさ、部屋にはもう帰りたくない。オヤジも寝てたベッドで寝るなんて、死んでもごめんだからね。勿論、実家にも戻りたくない。友達を頼ろうにも、ケータイはあいつらに投げつけてしまってるから、連絡の取りようがない。バッグの中に入っていた財布だけが僕の全財産だったんだ」

「ほ、おお」


想像以上に、壮絶だった。
こんな話、そりゃおいそれと話して聞かせられないよ。今まで不用意に訊いて悪かったなと本当に反省する。


「で、とりあえず今後のことを考えようと目についた店に入ってご飯食べてたわけ。正直食欲なんて全然なかったんだけど、すげえ美味くてさ。気付いたら完食してた。それが、『四宮』だった」


それからの話は、いつかに眞人さんに教えてもらった内容と一緒だった。


「親も彼女も誰も信用できない。本当に、最初は世の中全部が憎かった。だけど」


ふっと梅之介が足を止めた。

話しながら歩いていて、いつの間にか私たちは境内まで来ていた。
外の参道の騒がしさと切り離された境内は、静かに花見を楽しむ人が数人いるだけで空気がしんとしている。
耳を澄ませば、花弁の落ちる音まで聞こえるのではないかと思った、

梅之介が、私の頭に手を伸ばした。摘み上げるのは小さな花弁。


「それから今まで約一年半、あそこに住んでさ。すごく楽だったなあ。眞人はいい奴だし、ご飯は美味しいし。お前みたいな面白い同居人は増えるし。女もいい奴がいるよなって、思えるようになった」

「うん」

「だけど、いつまでも眞人に甘えているわけにも、いかないよなあ。昼間のブスの言葉、実は結構胸にきた」


ぽつんと言葉を落とした梅之介。昼間の小紅さんの言葉だろう。彼女は、梅之介を随分馬鹿にした。


「あんなの、気にすることないよ」

「いや、あのブス、悔しいことに正論なんだよな……」


口を噤んだ梅之介が、私をじっと見つめる。