『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

引き戸が音もなく閉じられたのと変わらないタイミングで、梅之介が椅子にどさりと座り込んだ。
天井を仰ぎ、「何なんだよ、この怒涛の出来事は」と言葉を吐きだす。


「色々一気に起こりすぎて、ついていけないよ」


はあ、と大きなため息をついた梅之介が、私に椅子を押しやる。


「お前も座れよ」

「あ、うん……」


のろのろと腰かける。背もたれに体を預け、私もため息を一回吐いた。
沈黙が広がり、かちかちという時計の針の音がやけに大きく聞こえる。
そんな中、梅之介がぽつりと言った。


「お前、言っちゃったな」

「……うん」

「弁解の余地、ないな」

「うん」


小紅さんの言葉の勢いにのって、言ってしまった。
そして、見てしまった。
私が眞人さんへの想いを口にした瞬間の、眞人さんの表情を。
私が自分のことを想っているなんて、思いもしなかったのだろう。
ありえない、という顔をしていた。
あんな顔させたくなかったのに。なのに、口にしてしまった。私はなんて馬鹿なんだろう。


「私、眞人さんに嫌われちゃうかな……。だって、飼い犬ですーなんて顔して、本当は眞人さんのこと好きだったんだもん。裏切ったんだよね」

「好きになるのは、仕方ないだろ。人を好きになるのは、避けようがないんだからさ」

「ん……」


だけど、やっぱり私は眞人さんを欺いていたわけで、それが彼を傷つけていたらどうしようと思う。
梅之介がガタリと立ち上がった。テーブルの上に置かれたままだった便箋を取り上げて、開く。


「梅之介」

「いいんだよ。置いて行ったってことは、見ても構わないってことだから」


ざっと視線を走らせた梅之介が、片方の口角を歪に持ち上げる


「……ふん、青森かよ。すげえ、遠いな」


青森。その距離に絶望する。
もし眞人さんが行くのだとしたら、ここから確実にいなくなってしまう。


「行くのかな、眞人……」


小さく梅之介が呟く。
行くと、私は思う。だって、行かない理由がないもの。
でも、眞人さんが「行く」と決めたとき、それは三人でのこの生活の終わりを意味する。

私たちのこの生活が、終わり。
背中がぞくりと冷える。
そんなの嫌だ。
だけど。

いつか来るかもしれないと思っていた終わりの日が、いきなり姿を見せたことに、私は何も言えずにいた。