『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「できたぞ」

「ありがと、ございます」


テーブルの上に、ほこほこと湯気を立てる丼が置かれた。
うどんの上に艶のあるとろとろの卵が乗っており、かまぼこと三つ葉がちょこんと乗っている。
すっと息を吸うと美味しい香りで肺が満たされた。


「ほああ。匂いだけで美味しい」

「それじゃ腹は満たされねえだろ。食えよ」


ため息をつく私を見て、男の人が苦笑する。


「はい! いただきます!」


待ちわびていたお腹が鳴いた。


「……美味しい」

「そりゃ、よかった」


卵の上にはとろりとした餡が掛けられていて、それが麺と絡み合う。
卵の下には小海老の天ぷらが隠れていて、おだしを吸った衣は口の中でふわふわと溶けた。

お腹の中からじんわりと温かくなっていく。
夢中で食べていると、丼の中にぽたりと雫が落ちた。
次いで、ぽたぽた、と雫が落ちる。


「う……」


食べながら、私は泣いていた。
もう、何の涙か分からない。
色々なものがないまぜになっているのだろう。
涙を拭い、鼻を啜りながら、私は黙々とうどんを食べた。

私に料理を出してくれた男の人は、何も言わずに厨房に引き返して行った。
ガチャガチャと音がするところをみると、店じまい作業に戻ったのだろうか。
いや、こんな私を放っておいてくれているのかもしれない。


「……ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」


すっかり食べ終わって、お箸を置く。
それと同時に、男の人がお盆を持って現れた。私の前に湯呑を置き、正面に腰かける。


「腹、いっぱいになったか」

「はい。あ、お茶、頂きます」


程よい熱さのお茶はほんのりと甘い。
ゆっくりと飲む私を、男の人は黙って見ていた。

お腹がいっぱいになり、体も温まると頭が少しずつ機能を取り戻す。
壁掛け時計を見上げれば十二時を回っており、途端に申し訳なくなる。


「あの、急に無理なお願いをしてすみませんでした。すぐ出ます」


慌ててバッグを取って、財布を取り出す。


「あの、これ、お代です」


一万円札を取り出してテーブルの上に置く。
生乾きのコートを掴んで立ち上がると、「行くとこないんだろ」と男の人が言った。


「え?」

「行くとこ、ないんだろ。これからどうするんだ?」

「何でそれを知ってるんですか」

「さっき言ってただろ。それにあの荷物を見れば分かる」

「あ……」


そういえばさっき、必死の余りそんなことを口走った気がする。
かあ、と頬が赤らむのを感じる。
切羽詰まってるからって、そんなことまで言っちゃってたなんて。
座ったままの男の人が私を見上げる。


「どうするんだ。行くあて、ないんだろ」

「明日になったら、友達が泊めてくれるって言うので、大丈夫、です」

「今夜は?」

「ええ、と……」


言葉に詰まる。そんな私に、彼は「うち、部屋空いてるぞ」と言った。


「え?」

「布団もある」

「え、ええと」


おろおろとした私に、男の人はくすりと笑った。


「心配しなくても、変な真似なんかしない。あんまり可哀想だから、言ってるだけだ」


それは、嬉しい。
だけど、初対面の人に理由なく甘えてはいけないと思う。
ただでさえ、不躾なお願いを聞いてもらったというのに。

躊躇う私に、彼はテーブルの一万円札を摘み上げた。


「この金、宿泊費込みで貰うってことでどうだ。朝食もつけてやる」


そう言って、にこりと笑った。
その笑顔はとても優しくて、疲弊しきっていた心がじんと疼いた。
この世界にちゃんと人はいて、私はたった一人なんかじゃないって、思う。


「……お願い、します」


気付けば、そう口にしていた。