『好き』と鳴くから首輪をちょうだい

「式が終わって、次が披露宴というときだ。少し時間があって、俺は招待客たちと話をしていたんだったかな。そんなとき、式場のスタッフと小紅の友人たちが血相変えてやって来て、言うんだ。『花嫁が逃げました』って。小紅は俺の後輩の男と、『卒業』よろしく逃げ出したんだ」


ウェディングドレス姿で、男と手に手を取って式場から逃げるさまは、否が応でも人目についた。そこから会場は大騒ぎになったという。


「正直、そこからの記憶はあんまりない。気付けば小紅の両親が俺の前で土下座をしていた。結婚の話はなかったことにしてくれ、と結構な金を目の前に積んでたっけな。まだ籍も入れてないからいりません、って言って、俺は『華蔵』を辞めた。いられるはずもないからな。俺は、あんなに必死にやってきた店を、修行を半ばにして去らなきゃいけなくなったんだ」

「クソ女は、二股かけてたのかよ」


梅之介の言葉に、眞人さんは「そういうことだな」と頷いた。


「後輩が熱心に口説くものだから、それが嬉しかったんだと。ふたりに愛されている自分、っていうのに酔ってたんだろうな。大変なことになってるよって連絡いれた女友達に、式場から攫われる花嫁ってすごく魅力的だったの、って平然と言ったらしいし」

「は⁉ それって自由奔放とかって問題じゃなくって、ただの馬鹿じゃん!」


梅之介が声を上げる。


「眞人、女見る目なさすぎでしょ! なにそれ!」

「見る目ないのはお前も一緒だけどな」

「う……、い、いや。今はそんな話をしてなくて! それ、結婚しなくて正解でしょ」

「今考えると、全くもってその通りだな。だけどな、あの時の俺には事実を受け止めるので精いっぱいだったんだ。永遠の愛とやらを誓った女が、その数十分後には別の男と逃避行だぞ。ついていけないよ。女なんて滅んでしまえばいいとさえ思ったね」


ふう、とため息をついて、眞人さんが温くなったお茶を啜る。
梅之介は、「まあ、うん。そうなるよな。わかる、うん」ともぐもぐと言った。私は、何も言葉が出てこなかった。

こんな過去があれば、人嫌いになるのも当然だと思う。
人の好意なんて信じられないだろうし、嫌悪を覚えるというのも理解できる。


「そうして、じいさんたちが住んでいたここに戻ってきて、店を始めたんだ。俺のじいさんたちは元々ここで定食屋を営んでいて、手を加えれば使えたし。それが、二年前のことだな」


眞人さんがもう一度ため息をつく。それはとても頼りなくて、疲れ切っていた。