砂の鎖

「……なんだか騙された気がする……」

「須藤。数学の解法は一通りではないぞ」


まさかあんなに頭を悩ませた問題がこんな初歩的な考え方で解けるとは思ってもいなかった私は肩すかしをくらったような不可解な気分だ。


それでも無事、理解できた私がありがとうございますと言った後、彼はすぐにまた職員室へと戻っていくのだろうと思っていた。

けれど佐伯は私の傍らに立ち続ける。

教師に見られながら数式を解いていくのは何とも言えない緊張感だ。

質問は解決したのだからもう用無しだというのも薄情だろうか。
それでも私は邪魔に感じ始めた佐伯を追い払おうと彼を仰ぎ見れば、佐伯が見ているのは私の手元でも私でも無かった。


「須藤。進学の仕方もな、一通りではないぞ」

「え?」

「奨学金や特待制度というものある。自分の可能性から目を逸らさないことは若者の義務だ」


彼は静かにそう言ってから、私に背を向けた。

手を後ろに組み、顔を僅かに前後させて歩く佐伯は、足の長い鳥の様だ。
その背中を見送ってから、私は改めて佐伯の視線にあったものを摘み上げた。

それは、先ほど記入して出したままにしてあった進路希望用紙。

特に文字は書かず、私は自分の出席番号と名前、そして就職の欄に丸をつけただけだった。


(進学……?)


何とも言えない心持でそのプリントを見つめる。


そもそも私は、高校進学さえもせずに働くつもりだった。
それなのに更に進学だなんて、考えたことすらも無い。


暫くそれと睨めっこをし、表情を変える筈も無いそれに当然私は根負けをした。

諦めてプリントを手放してからおもむろに、固まった背中を大きく逸らしながら時計を見る。
短針はもうすぐ数字の5を指そうとしているところ。

そろそろ、陸上部は終わる頃だろうか。

校庭を見れば夕暮れが近付き始めた空は明るいブルーから柔らかな黄色に色を変え始めていた。
ちらほらと、運動部が片付けを始めているのが見える。

もう少し時間がありそうだと思い、立ち上がって奥の書架に足を向けた。