『須藤、谷センに次の授業の準備しろって言われてるんだけど手伝ってよ』


一月前。昼休みに麻紀と学食のパンを食べていたら真人にそう声をかけられた。
真人は友達が多く、人気があって、私とは別の世界に住んでいる様な人だったから話したこともほとんどなかった。


『里中君。別にいいけど、なんで私?』


だからなぜわざわざ私に声をかけるんだろうと不信に思った。

沢山の友達がいて、一方的に友情ではない感情を真人に向けている女子が多くいることははたで見ていても明らかで。
わざわざ話したことも無い私に手伝いを頼まなくても、真人になら喜んでついてくる女の子はいくらでもいた筈だ。


『なんでって、須藤日直だろ? 働けよ』


けれどニッと悪戯っ子の様な瞳を見せて笑った彼に不信感は一瞬で消えた。

成程。この優等生は水商売をやっていた親を亡くした娘にも公平なんだ。
明るいところで生きてきた人はやっぱり違うな、と。

そうして毒気を抜かれて素直についていった社会科の準備室で突然言われたんだ。


『須藤。付き合ってほしいんだけど……』


それは余りに唐突で。なんの脈絡も無く。
一瞬、だから社会科資料室まで付き合ってるじゃないかとか、ベタなことを考えた。


『ずっと……須藤のこと、見てたんだ』


そう言った真人は恥ずかしそうにそっぽを向いていて耳が赤くなっていたから、自分が余りにバカな事を考えていた事が恥ずかしくなった。


『……突然言われても困るよな。ごめん。友達からでいいから……』


私は何も返事ができずに目を丸くして真人を見ていただけだった。
真人は一人で喋り倒して納得して、私に手伝いを頼んだくせに教師に頼まれた資料を一人でもって教室を出ていこうとした。
そんな彼の後姿に私は笑ってしまった。

とてもスマートに普段接点の無い私を呼び出して二人きりになったのに、なんて不器用な告白をする人なんだろうと。


『いいよ』


思わずそう言って、彼の荷物を半分奪い取った。


『え……?』


真人を追い抜き歩きだした私の後ろから、呆けたような声が追いかけてきて。


『付き合おうよ』


私は、真人の方なんて向きもせずにそう答えたんだ。