思考が停止していたからなのか、不思議と涙は出ませんでした。

冷静に着替え、病院へと向かいました。

エレベーターを出ると、妻の実母や妹の姿が見えた。

挨拶もせずに病室へと急ぐ。

ちょうど息子も到着したところのようだった。

人工呼吸器や点滴が片付けられた病室は、酷く寂しく見えた。

ベッドに駆け寄り妻の顔を見る。

顔色は良い。

頬に触れてみる。

まだ温かい。

温かいけど、その感触は明らかに妻とは違っていた。

いつも触れ合っていた妻の肌の質感。

それとはまるで違う質感。

髪を触る。

妻の髪だ。

その瞬間、私の中の何かが弾け、泣き崩れた。

生まれて初めて、人前で声をあげて泣いた。

目の前の妻は、もう目を覚ます事はない。

もう二度と目覚めない。
もう二度と笑わない。

妻の名を何度も呼んだ。
人目もはばからず泣いた。
立っていられないほどに崩れ落ちた。

妻の手を握り、何度も何度も名前を呼んだ。

何も考えられない。

ただただ泣いた。

息子を抱きしめ、二人で泣いた。

二人で妻の手を握り、ひたすら泣いた。

どれくらい泣いただろう、しばらくは放心していた。

妻の寝顔を見ながら、泣き続けていた。

約束したのに。

また二人で散歩に行くと。
元気になって帰って来ると。
俺がいいと言うまで死なないと。

俺はまだいいって言ってない。

いつも私を支えてくれた妻。
私との約束を破った事などなかった。

そんな妻が


初めて


私との約束を破った。