* * *

 最初から『私も好きです、付き合いましょう』なんて返事を期待していたわけでは、圭介の方だってもちろんなかった。そして、正直に言えば、こうしてさらっと口にしてしまったのもイレギュラーだった。しかし、口に出してしまった言葉を飲み込める術を人間は持たないし、口にした以上は責任もある。その責任を取るつもりはあった。
 自分が口にした『好き』という言葉を真っ直ぐに飲み込めないでいる目の前の美海は、圭介の目にとても苦しそうに映った。自分がそうしたのだと言われればぐうの音も出ないが、何かを抱えているのだとしたら共有したいとも思った。それを彼女は拒むだろうが、そんな風に何にも頼ろうとせずに、一人でただ立ち尽くす彼女を見たいとはやはり思わない。傲慢だと思われることを承知で言えば、彼女を助けたい、傍にいたい、見ていたいと思った時に何の理由もなくその気持ちに従える存在になりたいと思った。それは彼女を好きだからだと、その言葉を当てはめればパズルのように腑に落ちた。つまりはそういうことだったのか、と。

「…ごめんなさい。…その気持ちに応え…られません。」

 泣きそうな声で、それでも強い意志は感じられる声で、美海はそう言った。そこに嘘は見えなかった。
 本来、このような状況で泣きたいのは告白した側だが、不思議と圭介は悲しい気持ちではなかった。むしろ、悲しく苦しんでいるように見えるのは美海の方だった。

(…楽しい思い出を、楽しいままで終わらせてあげればよかった。)

 美海の性格を思えば、こんな風にさらりと言うべきではなかったのだろう。しかし、わかってしまったら口にしたくなってしまった。そして、あんなに楽しそうに笑う彼女の姿をあれだけ見せつけられて、我慢する方が無理だった。何度伸ばした手を引っ込めたのだろう。彼女はきっと、気付いてもいないだろう。

「うん。今はいい、それで。」
「え…?」
「松下さんが望むなら、今の言葉をなしにしてもいい。」
「そんな…なしなんて…。」
「花火が楽しかった、楽しい夏休みの始まりだっていう楽しい気持ちだけ持ち帰って。」
「……。」

 完全に俯いて顔を上げられなくなった美海を見つめると、今度は圭介の方が苦しくなった。そういう顔をさせたくなくて傍にいたいと思ったはずなのに、結局それはいつもできないでいる。

「ただ…。」
「…?」

 少しだけ上がった美海の顔。それに応じて圭介は口を開いた。

「気持ちに応えなくていいから、何がそんなに松下さんを止めるのかは、教えてほしい。」

 急かすつもりはない。ただ、首は突っ込ませてほしい。それは美海のためではなく、自分のために。結局、自分はいつだって自分しか優先しない。それは美海に出会ってから、嫌というほど思い知らされたことだ。