「ただいまー!」
「明季ちゃん!」

(救世主…!明季ちゃんありがとう!)

 美海は盛大に心の中で感謝した。明季と洋一が帰ってきてくれた以上、美海に少しは心を落ち着ける時間が確保されるはずだ。

「美海、ちゃんと喋れた?」
「明季ちゃん!しゃ、喋れるよ!私だって!」
「浅井サン、はじめまして。神崎明季です。美海の友達。この前は美海がお世話になりました。」
「明季ちゃん!」
「何よーほんとのことでしょ?」
「そうだけど!」
「…松下さん、そういう顔もするんだ。意外。」
「え?」

 またしても圭介が少し笑っている。全く心を落ち着ける時間がない。心臓がとにかくうるさい。

「浅井です。よろしく。」
「こちらこそ、よろしく。」
「これで明季と浅井も顔見知りになったわけだし、今度4人で飲みにでも行く?」
「洋一、気が利く!」
「えっ?お酒は…。」

 とっさに思い浮かぶ、もっとも最近の酒の失敗。圭介の顔がさらに直視できなくなってしまう。

「無理して飲まなくていいんじゃない。」
「あ、松下さん、酒苦手?」
「えっと、あの…ごめんなさい。苦手というか、弱くて。」
「そうなんだー。明季は酒豪なのに。」
「あたしの酒豪と美海の弱さは関係ないでしょーが!」
「おっと、教授来た。んじゃ、今度計画しておくから。」

 そう言って洋一は後ろの席の方に行ってしまった。いつも隣に座るはずの明季はいつの間にか前の席に移動してしまっていた。
 教授が講義室に入ってきた。出席確認用のコメントシートを配布する。そんな中、口を開いたのは圭介だった。

「意外とツッコミ役なんだ、松下さん。」
「ち、違いますよ!」
「そんなことないと思うけど。」
「っ…。」

 声にならない。恥ずかしいのと、心拍数の異常な増加と、顔が熱いことで美海の頭はショートしかかっていた。話が面白く、人気のある講義だというのに、美海は右半身に緊張が走り、いつもならばほとんど全てを埋めるコメントシートの半分ほどしか埋めることができなかった。