「…話、聞いてくれますか?」
「うん。」

 圭介はもう一度、美海の方に向き直った。美海はゆっくりと口を開く。伝えるべき言葉を、伝えるべき相手に届けるために。

「…ずっとずっと、言わなくちゃって…思ってたんです。」
「うん。」
「でも、言えなかったのは…怖かったからで。」
「うん。」

 圭介は『うん』しか言わない。でも、それは興味がないからではなく、今は受け止めたいと思ってくれているからだと思える。信じる気持ちは、圭介がくれた。

「…今も、怖いんです。病院に運ばれたって聞いた時も…圭介くんがいなくなっちゃったら、私を忘れてしまったら…色んなことを思いました。でも、一番最後まで心の奥に引っかかっていたのは…圭介くんに何も伝えなかったこと…で。」
「…うん。」

 涙が出そうだ。美海はぐっと唇を噛んだ。ここで涙を流したら、きっと言えない。

「好きって言うの、ずっと…怖かった。」

 敬語が取れたのが、あまりにも自然だった。

「好きって言ったら、もう戻れない気がして。好きって言ったら、…圭介くんがいなくなってしまったとき、どうしたらいいのかわからなくなってしまいそうで。…好きって言ったら…いつか余計に傷つくんじゃないかって、思ってしまったから…。」

 喪失は怖い。大切な人であるならば、尚更に。

「…ごめんなさい。ずっと私…圭介くんの優しさにすがって、甘えて…。圭介くんの家族の皆さんにあわせる顔も、圭介くんの隣に立つ覚悟も理由もないのに、それでも傍にいたいって…思ってしまって…。」
「充分。」
「え…?」

 ずっと聞き役だった圭介が口を開いた。

「傍にいたい、で充分。」

 圭介の不器用な笑顔に、限界まで我慢していた涙が零れ落ちた。そっと圭介の指が美海の目元から頬にかけてを撫でた。