復讐。【更新中】

_そう。
私達も元はどこにでもいるようないたって普通のカップルだった。

 でも、なぜだろう。
ほんの一か月前までの楽しかったあの頃は、永遠のように遠く感じる。

 私があの幸せな世界から突き放されるきっかけは、本当に本当に些細なことだった。

ブーブーブーブー...

 肩掛けのバッグの中で、けたたましくスマホが震える。
常にマナーモードの私は基本着信に気付かない。

 四時間ほど後に気がついて、後々呆れられるのがオチだ。

 しかし、あの日の私は皮肉にも着信に気がついた。
いや、気がついて〝しまった〟のだ。

 私は慌ててバッグのチャックを開ける。中を漁ればすぐに感じる冷たさ。
四角く固いスマホの画面には【斎藤 着信中】の文字。

「ごめん、電話でるね。」

「ん。」

 澪汰に一言許可をとって、私は画面を指でスライドした。

『…もし…でしょ、…だからさ…』

 スマホを耳に近づけると、ふつりふつりと途切れながら声が聞こえた。
だめだ。
まわりがうるさすぎるせいで全く聞き取ることが出来ない。
しかたない。場所を変えよう。

「ごめん、ちょっとここじゃ聞き取れないからあっち行ってくる。すぐ戻ってくるからここにいて!」

 こくり。
澪汰はきらきらと光るツリーを見つめたまま黙ってうなずいた。

 大通りさえ抜けてしまえば人も少ない。 
ガラリと空気を変えた薄暗い路地は、さっきまでの喧騒が嘘のように静かだ。
政治家のポスターが物寂しげに笑っている。

 私は意味もなく電柱と向かい合って、電話が切れていないことを確認した。
見上げれば凍えるような風がゆらゆらと不気味に電線を揺らす。

「もしもし?話の途中ですみません。」

『ああ大丈夫大丈夫。』

……

「そういうことで、また遊びに来てくださいね。じゃあ失礼します。」

 二、三分程度の短い会話を終え私は電話を切った。
ファンデーションで少し汚れた画面を、ごしごしと袖で拭った。
相手は私が勤務しているお店の常連の斎藤さん。

 お客さんとの距離が近い仕事なので、こうしてプライベートで連絡することも珍しくはないのだ。
中でも斎藤さんとはたまにお食事をする仲だ。

 斎藤さんは私より五歳ほど離れた落ち着きのある男性。
だがそこに特別な感情があるわけではない。
あくまで〝店員〟と〝常連〟だ。

 さて。早くあの喧騒の中へ戻らなくては。
きっと澪汰が待っている。

 私の背中を冷たい空気がずきずきと刺す。
寒い。戻ったらカフェに寄ってお茶にしようかな。
 
 そんなことを考えながら、スマホの電源を落として電柱に背を向けた時、

「きゃっ!!何?!」

 驚きのあまり手からスマホが滑り落ちた。
薄く弱弱しいそれは地面の固さに逆らえず、ガシャンと大げさな音をたてて割れた。

 いつからいたのか、私の真後ろには澪汰が立っていたのだ。
切れかかった電燈がチカチカと澪汰を照らす。
それが微かに逆光になって表情はわからない。

「もー、脅かさないでよ!待たせてごめんね、戻ろう。」

 私はにこりと笑顔を向けて、画面がバラバラに割れたスマホを拾い上げた。
割れたかけら一つ一つに自分の顔が反射してなんとも不気味だ。

「てかこれどうしよう…。修理高くつきそう。澪汰ちゃんと払ってよ~。」

 ちょっと甘えるように澪汰に話しかけたのに、反応がない。
さっきからずっと無言で押し切る澪汰。
そういえば様子がおかしく思えるのは私の気のせいか?

「澪汰?デートの途中で抜けたことに怒ってるの?」

「…。」

「ごめんって。ほらほら、戻ろうよ。」

「…。」

「あ、そうだカフェ行こう!あったかいの飲みたい!」

「…。」

 もはや私の一人芝居だ。
何を言っても無言の澪汰にだんだん怒りが込み上げてきた。
なんなの?
これじゃせっかくのデートが台無しじゃない!
電話がかかってくることなんてしょうがないじゃん。

「ねぇ!もういいよ。何も言わないなら私もう行くから。」

 とうとう我慢が出来なくなった私は、バッグを乱暴に肩にかけ直してここを離れようとした。