そういえば……
 母が名付けのことでこんな話をしてくれたっけ。

『音々の名前は守田のお祖父ちゃんが、音々にしようって。私も、あの女の子みたいに優しい子に育って欲しいと願って、音々にしたのよ』

 あの時は、母が私のことを朧げながらも覚えていてくれたことに感動し、祖父の発言は気にも留めなかった。

 祖父が出産直後の私を見て、あの時タイムスリップした少女だと気づくはずはない。

 だけど……成長する過程で、祖父はいつしか私に気付いたんだ……。

 元気だった時は、何度も家に遊びに来ている。隣に住む桃弥にも、何度か逢ったことがある。

 ――お祖父ちゃん……。
 あなたは……口にこそ出さなかったけど、私達があの時の少年少女だと気づいたんだよね。

 でも、それを問うことは一度もなかった。

「大きな病気なんてしたこともなかった母が突然亡くなり、病弱だった父が87歳まで生きてくれた。お祖父ちゃんは私にとって父であり母でもあった。お祖父ちゃんに最後に逢った日、とても顔色がよくてね。お母さんと瑠美を見て、別れ際に笑顔で手を振って、こう言ったんよ。『ありがとう。ばいばい』って。あれが……お祖父ちゃんと交わした最期の言葉だった。あの笑顔……一生わすれないわ」

「……私も、お祖父ちゃんの笑顔一生忘れないよ」

 ――お祖父ちゃん……たくさんの愛と優しさをありがとう。

 ◇

 ―公民館、剣道場―

「えい!とうー!」

 夏休みになり、道場には元気な子供たちの声が響く。

 私達はあれからタイムスリップはしていない。あの不思議な記憶は日々薄れていくが、桃弥と私の秘密は薄れてはいない。

 秘密を共有しているせいか、以前よりも私達の距離は少し縮まった気がする。

 ――練習終了後、藤堂先生に私との練習試合を申し出た桃弥。アイスを賭けてリベンジだ。

 みんなが見守る中、2人で向かい合う。

 特別ルール、5分間1本勝負。
 有効打突を1本先取したものの勝ち。

 主審は藤堂先生だ。

「始め」

「とりゃー」

 桃弥が声をあげ、私を威嚇する。
 先に仕掛けてきたのは桃弥。竹刀がぶつかり合う音がする。互いの竹刀をクロスさせたままにらみ合う目と目。

 桃弥はしきりに胴や小手を狙ってくる。

 女だからって、なめないで。
 アイスを奢ってもらうのは、私の方だからね。