「晩飯より、さっさと風呂に入れ」

 兄の准《じゅん》が眉をひそめ私をお風呂に追いやる。自分も昔は剣道をしていたくせに失礼しちゃうな。

 私の家族は5人家族。両親と年の離れた姉と兄。おとなしいけどしっかり者の姉と、俺様だけど不器用で根は優しい兄。何年経っても私は2人に追いつけない。永久に末っ子だ。

 お風呂に入ると隣家の浴室にも明かりが灯る。ブロック塀を挟んで、家の浴室と桃弥の家の浴室は向かい合っている。

 ブロック塀と植木、浴室の窓は磨り硝子、だから浴室の中は全然見えないけど、桃弥もお風呂に入っていると思うと、それだけでちょっと恥ずかしい。

 火照った顔を冷ますために、お湯の中に鯨みたいにブクブク沈み、浮上しプハーと息を吐く。

 やばい、逆効果だ。
 これじゃ、茹で蛸みたい。

 冷水でザバザバ顔を洗う。

「さっきの男子は、本当におばさんの親戚なのかな?」

 親戚だと言われれば、桃弥とどことなく顔立ちが似てなくもない。

 それにしても、センスないな。
 あの格好も全然イケてない。過疎の田舎から訪ねて来たのかな?

 湯船から出て、シャンプーで頭をガシガシと洗う。

 泡だらけの頭を鏡に移し、犬の耳みたいに髪の毛を尖らせたり、蚊取り線香みたいにくるくるしてみたり、子供みたいに自分の髪の毛で遊ぶ。

 隣家の明かりが気になり、ちょっとだけ窓を開け覗き見る。隣家の浴室の窓は全開だった。

 全開の窓から見えた上半身裸の男子、その後ろ姿はガリガリに痩せ、肩甲骨が見えている。桃弥は筋肉質だから、間違いなくあの男子だ。

 振り向いた彼と目が合い、私は慌てて窓を閉めた。

 火の中に飛び込んだみたいに、羞恥心から全身が火照る。頭からぬるめのシャワーを浴び、火照る体を冷ました。

 どうして窓を開けてお風呂に入るかな。
 お風呂に入るなんて、今日は泊まるつもりなのかな。

 色んなことを考えながらお風呂を出ると、姉と兄の姿はなく、母がリビングで祖父の写真を整理していた。

「お母さん、その写真……」

「アメリカ大統領のスピーチを聞いていたら、お祖父ちゃんに逢いたくなってね」