「綾……とうとう立てなくなったよ……」

「大丈夫、大丈夫、薬の副作用で今は辛いけど、すぐに良くなるよ」

 祖母は母の励ましに応えるように頷く。

「……美紘はどうしてるかな」

 祖母は病と闘いながらも、美紘伯母ちゃんのことを気にかけていた。

「美紘姉ちゃんも赤ちゃんも順調だから、心配しないで……」

「そうじゃね……。早く元気にならんとね」

 祖母は虚ろな目で窓の外を見つめた。広島駅北口には今日も沢山の人が往来している。

 母は帰宅する途中、私にこう問いかけた。

「このまま……美紘姉ちゃんに逢わせないなんて、みんな間違っとる。音々さん、そうでしょう。何も知らずに、お母さんが死んでしまったら、私なら一生後悔するし、教えてくれなかった家族を恨むよ」

「はい。私もそう思います。美紘さんに伝えるべきです」

 もし、母が……
 祖母のように限られた命なら、私はその限られた命に寄り添いたいと思うから……。

 ――この日、祖父は先生に頼み込み、初めて病室に泊まった。長年連れ添った夫婦の予感がそうさせたのかも知れない。

 翌日、正午過ぎ祖母の容態は急変し危篤に陥った。その知らせを受け、私は病院に駆けつける。
 祖父は病院から、母に電話を掛けた。

「お母さんが危篤になった。すぐに病院に来い」

『お父さん、美紘姉ちゃんには知らせたんね』

「美紘には言わん方がいいじゃろう。産後1ケ月たっとらんのんじゃ。無理はさせれん」

 頑なに拒む祖父。
 その祖父に、母は電話口でこう叫んでいた。

『ばかなことを言わんで!お母さんは危篤なんよ。今逢わせないで、いつ逢わせるんね。お母さんに赤ちゃん見せてあげてよ。最期に一目見せてあげてよ。お父さんが電話しないなら、私が美紘姉ちゃんに電話するけぇね!』

「綾……わかった。お父さんが美紘に電話する」

 瑠美お姉ちゃんや親戚に電話をし、祖母の危篤を伝える祖父。美紘伯母ちゃんに電話することを、最後まで迷っているようだった。

「紘一さん。もし私が娘なら……生きているうちに母に逢いたい。生きているうちに赤ちゃんに逢わせてあげたいと思います。このまま蛍子さんが亡くなったら、きっと……美紘さんは一生後悔する。お願いです。美紘さんに電話して下さい」