「綾さんのせいじゃないよ。胎内死亡の原因は臍帯異常によるものだったと聞きました。だから……だから……」

「……どうしてそんなことを知ってるの?母から聞いたの?母は……音々さんに何でも話すのね。私が触れて欲しくないことも全部話すのね」

「違います。私……、私……」

 ――私はあなたから聞いたんだよ。
 あなたが中学生の私に話してくれたんだよ。

 今の私は、あなたの痛みがわかる……。
 あなたの苦しみもわかる……。

 ――お母さん……。

 母は涙を拭い立ち上がる。

「ごめんなさい。私、どうかしてた。未成年のあなたにこんな話をするなんて……。でも3月に出産していたら、母の看病なんて出来なかった……。今は、命を粗末にしてはいけないと思ってる。母が闘病する姿を目の当たりにして、死にたいと思ったことを後悔してるの。だから母の傍にいられるだけで……十分よ」

「綾さん……。諦めないで下さい。きっと赤ちゃんに逢えます。だから諦めないで」

 母は泣き出した私を見つめ少し驚いていたが、口元を緩ませ笑みを浮かべた。

「……音々さんは優しいのね。いつか、あなたみたいな可愛い娘に逢えるといいな」

 母は私の頭を優しくぽんと叩き、祖母のいる病室に向かった。

 ――お母さん……。

 私だよ。音々だよ……。

 ――お母さん………。

 私の心の声は……
 母には届かない。

 それでもいい。
 もう少しだけ、母の傍にいさせて下さい。

 ◇

 ――5月になり、祖母の容態は再び悪化した。

 抗がん剤の副作用に苦しみ、悪寒、嘔吐、口内炎により、食事も食べれなくなっていた。

 『骨髄生検のために骨髄液の採取をすることが涙が出るほど痛い』と溢すが、薬の副作用が『辛い』とか『苦しい』とか弱音を吐くことはなかった。

 瑠美お姉ちゃんが学校に行っている間、私は祖母を見舞った。母も毎日手作りのレモンジュースを持参した。ハチミツがたっぷり入ったレモンジュースだ。

 祖母はそれを美味しそうに飲み干した。

「美味しいね。ご飯は食べれないけどこれなら飲めるよ」

「よかった。少しでも食べて元気にならないとね。もうすぐ美紘姉ちゃん予定日だから。そうだ、お母さんが、赤ちゃんの名前考えてよ」

 母は祖母に名づけの本を差し出す。
 折り目のついた本を手に取り、祖母は母を見上げた。

「……これ、もしかして綾の……?」

「そうだけど。もう必要なくなったから」

 私の前で涙を見せた母が、祖母の前で笑っている。その笑顔の裏に隠れた深い悲しみを思うと、胸が締め付けられた。