「今日は徹夜交代なんです。従妹が広島におる間にと思うて、婆ちゃんに逢いに来ました。じゃあお先に失礼します」

 組長さんに問い詰められ、男子は逃げるように立ち去る。富さんが折りたたんだ紙をコソッと私に渡した。

 私はその紙をお婆ちゃんの巾着袋に突っ込む。軍人さんや組長さんにビラが見つからないか、ヒヤヒヤしながら午後の作業をした。

 1日の作業を終えて富さんと帰宅する。道の至るところに【広島市民に告ぐ】と書かれたビラが貼ってあった。

「なんじゃこれは!」

 陸軍の兵長が、目の前でビラを剝ぎ取る。

「米軍が広島に新型爆弾を投下するじゃと!?こんなビラを無断で貼るとはけしからん。全部剥がして燃やせ。これは反戦運動じゃ。米軍有利と思わせるようなビラを書き市民を混乱させるとは言語道断。このビラを貼った者を今すぐ捜して捕らえろ!」

 兵長の命令に、軍人が一斉に動いた。

 ビリビリと破られていくビラ。
 私はビラの入った巾着袋を、震える両手で抱き締めた。

「音々ちゃん、はよ帰ろう」

 富さんは状況を察し、私の腕を引っ張った。

「……はい」

「音々ちゃん、振り向いたらいけん。あれは時正君の仕業じゃ。誰にも言うたらいけんよ」

「……はい」

 富さんは青ざめた顔で家路を急いだ。

「音々ちゃん、明日も勤労奉仕じゃけぇ、朝迎えにいくけぇね」

「はい。今日はありがとうございました」

「慣れん作業で疲れたじゃろう。ゆっくり休みんさい。ほいじゃあ、また明日」

 お婆ちゃんの家の前で富さんと別れる。
 玄関を開けると、男物のスニーカーがあった。そのスニーカーは、さっき逢った男子が履いていた靴だった。