【音々side】

「行き倒れかいね?婆ちゃん、この辺で見掛けん子じゃねぇ」

「富ちゃん、見てみんさい。綺麗なべべ着とるがね。このご時世に、こがあなべべが着られるなんてお偉いさんの娘かもしれんねぇ」

「そうじゃね。婆ちゃん、田舎から芋をもろうたけぇふかし芋にしたんよ。煮干しも仰山もろうたけぇこのお嬢さんに食べさせてあげんさい。うちもまた様子を見にくるけぇね」

「富ちゃんいつもありがとうね」

 耳元で優しい声がし、重い瞼を開ける。
ぼんやり目に映ったのは、小柄で白髪頭のお婆さんだった。

「お嬢さん、気いついたん?怪我はしとらんけぇ安心しんさい」

「……あの。私は」

「お嬢さんは家の庭で倒れとったんじゃ。腹空いとらんね?お隣からふかし芋をもろうたけぇ、ちょっとまっとりんさい」

 周辺を見渡すと、私は擦り切れた畳の上に敷かれた布団に寝かされていた。お婆さんちの台所は土間になっていて、母方の祖父の旧家にどことなく雰囲気が似ている。

「お婆さん、ありがとうございます」

 暫くしてお婆さんは蒸したてのお芋を新聞紙で包み、私に渡してくれた。

「遠慮のう食べんさい。熱いけぇ気い付けて」

「はい。いただきます」

 お腹が空いていた私はアツアツのふかし芋にかぶりつく。お婆さんはそんな私を、目を細めてにこやかな笑顔で見つめていた。

「お嬢さんは綺麗なべべを着てなさる。この辺じゃ見掛けん顔じゃねぇ。どこから来なさった?まだ名前を聞いとらんかったねぇ」

「名前……?私の名前は……」

 自分のことを思い出そうとすると、頭が脈を打つみたいにガンガンと激しく痛んだ。

「自分の名前が思い出せんの?こりゃあえらいこっちゃ。駐在さんに知らせんといけんが」

「お婆さん待って……下さい」

 記憶が欠落しているのに、駐在と聞いて警察に通報されては困ると咄嗟に思った。