「あの……大崎時正です。お風呂お先にありがとうございました」

「君が大崎君?私は桃弥の父です。この家は亡くなった妻の実家です。妻のご親戚の方ですか?どこから来たのかな?歳はいくつ?」

「16歳です。気がついたら……ここに。どうしてここにいるのか、自分でもわかりません」

「わからない?どういうことかな?携帯は持ってないの?家族に電話するなら、家の電話を使ってもいいよ」

 時正は携帯と聞き首を左右に振る。

「自宅の電話番号も忘れたのか?ご家族もきっと心配しているだろうね。今夜はもう遅い。取り敢えず、桃弥の部屋に泊まりなさい。一晩寝れば何か思い出すだろう」

「……すみません。そうさせてもらいます」

 テレビのニュースでは、夕方広島を訪問したアメリカ大統領のスピーチが流れる。テレビを珍しそうに観ていた時正の表情が、次第に青ざめる。

「終戦てなんじゃ?日本が連合国軍に負けたんか?米国の大統領がどうして日本におるんじゃ」

 テレビを掴み興奮している時正。
父が思わず時正の体を押さえる。

「君、落ち着きなさい!桃弥、時正君に水を」

「うん」

 驚愕している時正に、俺は水の入ったグラスを差し出す。時正は両手でグラスを掴み、ゴクゴクと喉を鳴らし一気に水を飲み干した。

「時正君は何か混乱しているようだね。お腹は空いてないのか?桃弥、時正君にも夕飯の用意を。食事をすれば気分も落ち着くだろう」

「今日はカレーなんだ。その前に俺シャワー浴びてきていい?」

「そうだな。カレーなら父さんが温める。時正君は椅子に座っていなさい」

「……おじさん。本当に太平洋戦争は終わったんですか?」

「太平洋戦争?第二次世界大戦のことか?戦争は71年前に終わったよ。今日は被爆地の広島に現役のアメリカ大統領が訪問し、慰霊碑に献花したんだよ。広島にとっても、日本にとっても歴史的な一日だ」

「……71年前に…戦争が終わった……」

 時正は愕然とし、ソファーにペタンと腰を下ろした。