顔を上げ、ゆっくりと振り向くと、声以上に優しい顔をした一岡くんがいた。
目が合うと口をぎゅっと結んで、少し照れ臭そうな顔をして頬杖をつく。
その表情を見て、ダメだと思った。
声を発することも出来なくて、視線を逸らすことも出来なくて、手のひらを力一杯、握りしめる。
「……千葉さん?」
何も言わない私に、そのまま不思議そうに首を傾げる一岡くん。
ざわざわと騒ぎ立てる胸が煩くて、苦しい。
手のひらに爪が食い込んで痛い。
ねえ、一岡くん。
君はやっぱりとても不思議な人だ。
あるはずの君と私の世界の境界線を見えなくさせて、私にも飛び越えられるんじゃないかって思わせる。
そっち側に、もう一度踏み込んでみたくなる。
「……え?本当に、どうしたん?」
……君に、近付いてみたくなる。
一岡くんのことを、知りたくなる。
違う。そんなわけない。
必死で自分に心の中で言い聞かせて、芽生えようとする何かに蓋をしようとする。
ーーだって、これじゃまるで、恋に落ちたみたいじゃない。

![[短編]初恋を終わらせる日。](https://www.no-ichigo.jp/assets/1.0.801/img/book/genre1.png)